第19章 炎虎 【煉獄杏寿郎】2
あやは家に戻ると渡されたお金はまたすぐに封筒に入れる。
メイクを落として部屋着に着替えると、セットしてある髪をぐしゃぐしゃと解して一つにまとめた。大きく溜息をつきながらソファに寝そべって仕事用のスマホにパスコードを入れ画面を開く。
今朝、煉獄組の若いチンピラがクスリの過剰摂取によって道端で死んでいるのが発見された。きっと杏寿郎の言っていた嫌な事はそれだろう。
産屋敷組はクスリはご法度だったはず。あやはそう思いながら他の情報につらつらと目を通す。
あやは、スマホを持っていない右手の指先で無意識に唇に触れていた。そしてそれに気づいてその右手を見る。
杏寿郎と重ねた唇。繋いだ方の手。
繋いだ手から杏寿郎の微かな残り香が漂って鼻を掠めた。
あやは、『匂いは他の五感と違って、ダイレクトに海馬体に届いて情景と共に記憶される。』とふと思い出し、すうっともう一度指の背と手の甲を嗅いでみた。
杏寿郎の甘い良い香り。
睫毛の長い赤い瞳が閉じた瞬間、この香りがして、自分の唇にふわっと杏寿郎の唇が当たった。
抱き締められた時に杏寿郎の肩口に鼻先が当たってこの香り、そしてその時頬に当たったスーツの滑らかな肌触り。
大きくて暖かかった掌。
今日の記憶が断片的に脳裏に浮かぶ。
目を閉じて伸びをしながらすうっともう一度手の残り香を嗅ぐ。少し鼓動が速くなる。
にこっと微笑む杏寿郎の顔が浮かび、あやは目を開ける。
「本当に再現された。」と、くすっと笑いながら体を勢いよく起こし、「変な人・・・」と呟きながらシャワーを浴びに行った。