第8章 白兵戦
『刀が、、、小夜がおかしかったのは、小夜が私に怒ってたから。
そんな風に私を振るうなって、』
「…」
『そして、小夜が怒ったのは、私が感情に呑まれたから。
確かにあの時の私はおかしかった。
…自分でも驚いてるの。今まであんなに感情に太刀筋が左右されたことはなかった。』
鞘の中で眠っている小夜を撫でる。
疲れたのね。
ごめん。
『…剣士たるもの、常に冷静であれ。
己の情に呑まれ、己の信条を失った剣ほど無様で醜いものはない。
そう、おじさまに言われてたのにな…』
おじさまはいつも冷静だった。
だからって、敵を倒すのになんの感情も無いわけじゃない。
ちゃんとおじさまにはおじさまの信条があって、それに恥る生き方は絶対にしない。
『…小夜がいなかったら、きっと私は自分の信条までも失った剣を振るってた。
私が敵を殺さずに戦いを終えられたのは、小夜が私の思うように動かなかったから。
小夜が斬るのを拒んだから、みんな生きてる。
…普通の刀だったら、私は全員殺してた。』
そう思うとゾッとする。
あの時は、本当に制御が効かなかった。
「…お前の信条ってやつは、人を殺さないことなのか。」
ローはジッと私の瞳を見つめて言う。
『…いいえ。
人を殺さないこと、ではないわ。
私の剣の信条はまた別のところにある。
ただ、剣を振るう上では、人を殺すだけの感情が私にはない。』
「…どういうことだ。」
『そうね…刀を握ると決めた時、剣士は必ず刃に誓いを建てるでしょう。
私はその時、人を殺すだけの感情を持ってなかった。
だから、私は殺しはしない。』
あの時建てた誓いは、死ぬまで貫く。
それが何も持たない私が唯一持つ、剣士としての誇り。
「…やっぱり、よく分からねぇ。」
『ふふ、言葉にするって難しいわね。』
そう言うと、ローは海へ、私は空へと視線を外した。
海風が髪を攫う。
抑えなくても、背中にはローの服の暖かさがあって、安心して目を閉じた。