第5章 白銀
私は手元の小夜を優しく撫でながら、小夜と出会った時のことを思い出す。
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『おじさま!早く!!』
「カラ、落ち着け。急がなくても海は逃げない。」
『だって!ずっと楽しみだったんだもん!』
あの日、私は10歳だった。
拍鉛病なんて知らなくて、おじさまと木刀を使って稽古の日々。
本当に楽しかった。
おじさまは棺船を出した。
『わぁ!おじさますごい!海って広いのね!見渡す限りぜーんぶ海!風が気持ちいい!!』
「あぁ、そうだな。だが、あまり船の上で暴れるな。落ちるぞ。」
『大丈夫よ!』
私は船の上でくるくると回る。
と、その時、
「っ、まずい、嵐だ。カラ、船に捕まっていろ。振り落とされるぞ。」
『嵐?おじさま、何言ってるの?こんなに晴れてるのに。』
「いいから、黙って捕まれ。グランドラインの嵐は突然やってくるものだと教えただろう。
…絶対に手を離すなよ。」
『はーい。』
それから五分もしないうちに海は荒れ、風が容赦なく吹き付ける。
おじさまは帆が裂けないように畳み、落ち着いた様子で船を進める。
『おじさま!どうしよう、沈んじゃう?』
「大丈夫だ。沈まないように船を操る。」
『じゃあ私も手伝うわ!何したらいい?』
「っ!馬鹿者!やめろ!!」
私は何か役に立ちたくて、捕まっていた船の梁から手を離し、立ち上がった。
『あっ…』
ーパシャッ
足元がグラつき、体を襲う浮遊感、逆さまに映った景色の中に見えたのは、今まで見たことがないくらい焦った表情で私に向けて手を伸ばすおじさま。
…全てがスローモーションに見えた。
気がつくと目に海水が入って痛くて、目が開けられない。
おじさまを呼ぼうと口を開くと水が入って、気管に入り、息が苦しい。
ー海に落ちたんだ。
そう思った時には、手後れで、恐怖で身体が震え上がった。
ずっと島にいた私は、当たり前ながら泳ぎ方なんて知らない。
ただ、息が苦しくて、暗くて、冷たくて、もう届くはずのない、おじさまが差し出した手を掴もうと、手を伸ばした。