第1章 硝子越しの哀憐
◆
「ったく、ルイスのやつ……口を開けば兄様、兄様つってあの野郎……俺だって色々考えてるってのによおクソが……」
場末の酒場から出てきたモランは、苛ついた様子で足下に転がる小石を軍靴のつま先でカン!と音を立てて蹴った。
先ほどルイスに皿洗いを押しつけられたのがやはり後になって腹が立ってきたらしく、ひいては日頃のどうでもいい鬱憤までもが思い出されてきて、今宵の大佐は荒れ模様であった。
北国のキツい酒を何杯かひっかけてほんのり心地よく酔いが回りだした頃、アルコールで火照った体に夜風が吹きつけて心地いい。
しかしそれも一瞬のことで、風が吹く冷たい冬の夜の寒さにモランは鼻を赤くさせながら思わず身震いする。
コートのポケットからマッチと煙草を一本取り出して口にくわえたが、風で炎が揺らめいて中々火がつかず、それが余計に彼の神経を逆撫でさせた。
「ちっ……どいつもこいつもクソが……」
「――火、お貸ししましょうか?」
「あ?」
不意に後ろから声をかけられて、モランは不機嫌そうに振り返る。
見ると、一人の娼婦がライターを差し出してこちらに屈むようにと言った。
モランは言われるままに一歩近づき、その高い体躯を女の方へと屈ませる。酒と煙草と、微かに安い香水の匂いがした。
炎がちりちりと煙草の先端を焼き、彼女は火が風に遮られないように手を添えてようやく火が灯る。
モランは息を大きく吸って、どことなくあの生真面目で青くさい末弟を彷彿とさせるような紺青色の夜空に煙を吐きだす。
霧と石炭で霞がった夜空に星は見えないが、頭上にはぼんやりと朧月が浮かんでいる。