第1章 硝子越しの哀憐
「どーも」
「今夜も冷えますよ、旦那様。よろしければ中で一服されませんか?」
馴れ馴れしく腕をとるのでもなく、肩にしなだれかかってくるのでもない。娼婦といえば大抵がそういうものだ、中には足を絡めてきたりする者もいる。
そうすると喜ぶ男がいるからだ、かくいうモランも本能から来る欲には逆らいがたい男の一人である。
しかし女はただ静かに微笑んでいる。その様子がなぜだか妙に不自然で、モランは彼女に対して薄気味悪ささえ覚える。
「……生憎、女を買いに来たわけじゃないんだが。」
「お話だけでもお付き合いいたしますのに。」
「……あんた、妙な話し方をするな。鼻につく。」
「ひどい」と彼女はそんなことこれっぽっちも思ってないように浮かれた声で、楽しそうに悪態をつく。
幼い頃から訓練されたクイーンズイングリッシュとまではいかないが、彼女が労働者階級が話すコックニーではなく丁寧な発音の英語を話していたので、モランはそれが余計に奇妙でならなかった。
「なああんた、どっかの貴族の家で働いてたかなにかか?……それとも案外お嬢だったりするのか?」
「ただの田舎娘ですよ。」
モランは嘘くさいと思いながらも、大して興味なさげに「ふーん」と適当な相槌を返して煙草をふかす。