第1章 硝子越しの哀憐
そして心の中でしばし思い巡らした後、予定外ではあったが結局は彼女を買うことにした。
ここのところは何かと仕事で忙しくしていたし、ちょうど気晴らししたいと思っていたところだ。
「……まあ、これ吸い終わるまで待ってろ。」
「気になさらなくても……」
「女こどもは吸わねえだろ、普通。」
夜の蝶は職業柄、たばこの煙にも慣れているのかどうか知らないが、モランとしてはやはり女性の前で紫煙をくゆらせるのはなんとなく抵抗がある。
女性の前で煙草をふかすどころか、そのドレスに煙の匂いでもつけようものなら以ての外という頭が今もどこかにあるのだろう。
社交界では煙草は紳士の嗜みだ。
モランはどちらかといえば根っからの軍人気質だったし、この国の騎士道精神というものには反発してきた方でもあったが、染みついた習慣というものはなかなか捨てがたい。
「紳士なんですね。」
モランとしては口に出すまでもなく当たり前のことをしたまでだったが、その小さな気づかいに彼女は嬉しそうに頬を綻ばせて微笑んだ。
ほかの娼婦たちと同じく痩せていて、髪も肌も不健康そうではあるがよくよく見ると、笑った顔はまあまあそこそこ整ってるんじゃねえか?と思わなくもない。
栄養のある温かい食事をたっぷり与えて、昼夜逆転の生活も直して、仕立ての良いメゾンのドレスでも着せたらさぞ様変わりすることだろう。
モランは、美しい金糸雀色のドレスを着て情熱的に踊る彼女の姿を思い描いてみた。
愛しい男の腕の中にいるように、ひとり死神トトを相手に踊る女。
彼女がステップを踏むたびにレースの裾がひるがえり、淡く光る絹のストッキング。
沸き立つ手拍子と加速するテンポ、躍動する彼女のつま先。
くらくらして目眩がするほど緩急するアコーディオンの旋律、弾む呼吸とにじむ汗。
二人は互いに名前も知らぬまま、ほとんど漫然と夜を共にした。