第1章 硝子越しの哀憐
「……ルイス、ここにあった79年物は?」
「……恐らく、モラン大佐がお飲みになったかと。」
「ああ、全く。彼にも困ったものだね。確かにこの棚にあるものは自由に飲んでもいいと言ったのは、他ならぬこの私だけれども。」
アルバートは口では憤慨しながらも、その目元は緩やかに綻んでいた。モランがこの家に来て以来、アルバートの唯一の楽しみとも言える毎晩の晩酌に張り合ってきてくれる相手ができて嬉しいのだ。
アルバートが熱心にワインを選んでいる間、その隙にルイスはちらりとアルバートの方を盗み見る。
兄が一緒に行こうと言った時にはてっきり、ウィリアムのことかなにかで極秘に話し合いたいことでもあるのかとも思ったが、彼は本当にただワインを選びに来ただけらしい。
ルイスはふと、アルバートはサラのことを覚えているかどうか気になった。
「……ひとつ、聞いてもいいですか。アルバート兄さん。」
「おや、なにかな。」
「サラという、女性のことを覚えていますか?モリアーティ家の元使用人の……あの火事の前にはもう退職していましたが……」
「サラ……ああ、ひょっとして君たちがよく懐いていた?」
「ええ……その、今日街で偶然見かけたのです。貧民街の近くで……酒場から出てくる男性客を引いていました。」
ワインを選んで空中をさ迷うアルバートの手が、ピタリと止まる。わずかに息を呑む呼吸音が聞こえた気がした。
「それは、つまり……」
「娼婦です。」