第1章 硝子越しの哀憐
「大佐に言うことを聞かせるとは……やるじゃないか、ルイス。」アルバートはモランが出ていった扉の方をちらりと伺って、愉快げに笑んだ。
ウィリアムは酒の入った戸棚からグラスを二個と、ウィスキーのボトルを持ってきて、アルバートの隣に腰を据える。
「兄さん、今夜は僕がお付き合いしましょう。ルイスも好きなのを飲みなさい。」
「いえ、僕は……」
「ルイス、遠慮せずに座りなさい。おまえは家のコックでもフットマンでもないのだから。」
「そうだよ。……と言っても料理に関しては申し訳ないが、おまえに頼むしかないのだけれど。」
「我々の手にかかればむしろ、食卓が悲惨なことになるだろうからね。」
アルバートがジョークを言い、「全くその通りですよ。」とウィリアムが自虐的に笑う。
「ルイスは何がいい?この棚にあるのはスコッチかウォッカか……ワインなら地下室からとってこないと、アルバート兄さんがすっかり飲んでしまったから。」
「僕が取ってきます。」
「なら私も一緒に行こう、実際この家のワインセラーに一番詳しいのは誰よりも私だろうから。」
兄の手を煩わせまいとルイスが率先して動き出すと、気まぐれにふと思い立ったようにアルバートもゆったりとした足取りでルイスの後ろをついてきた。
階段を下り、壁にかかった鍵をとって保管庫へと続く扉を開ける。
ワインセラーの中は薄暗く、明かりといえば天井の真ん中にかかった裸電球ひとつだけ。それにワインの品質を長持ちさせるためにひんやりとしていて、部屋全体が古いトンネルのような作りになっている。
むき出しの壁沿いにワインがずらりと並んだ棚がある。
そのほとんどはアルバートが選び、この家に越してきた時にもアルバートが荷を解いた。
ここ最近はアルバート自身仕事が忙しく、家でゆっくり晩酌を楽しむ余裕もなかったのでワインセラーに足を踏み入れるのは久しぶりだったが、この家のワインセラーに関して言えば彼ほど詳しいものはおらぬというのもあながち嘘ではない。
その言葉通り、アルバートはどの棚に何があるのか正確に記憶している。