第1章 硝子越しの哀憐
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「はあ、ご馳走さま。やっぱりルイスの作る料理は美味しいね、いつもありがとう。」
「本当に……実は同僚から夕食に誘われていたのだがね、
今夜は私の好物が出ると聞いていたから丁重に断ってきてしまったよ。」
温かい食事と、たっぷりのワインにウィリアムは舌鼓を打って満足した様子でルイスを労う。
アルバートも優雅にワイングラスを傾けながら、食後の余韻に浸っていた。
フレッドは名残惜しそうに皿を見つめている、どうやら気に入ってもらえたらしい。
モランはパンとスープを三回もおかわりして見事な食べっぷりを披露してくれたけど、例のパイについては少々食が進んでいない。あれでも育ちはいい方なので口に出して文句を言うことはないが、どうやらニシンのパイはやっぱり苦手らしい。
しまいには「食い足りないから夜食にサンドイッチでも作ってくれ」などと言っている。
後片付けしようと袖をまくり食器を持って立ち上がる兄を、ルイスは慌てて制し、パチンと指を鳴らして「手伝ってください、モラン大佐。」
「え、俺?」
「皿洗いです。アルバート兄様とウィリアム兄様は陸軍省と大学へ。僕とフレッドは買い出しに行って、フレッドは料理と掃除も手伝ってくれました。今日一日、時間があったにも関わらずまだ何もしていないのは大佐、あなただけです。」
モランは驚いて思わずぱちぱちと目を瞬かせる。
助けを求めるようにふと周囲を見渡すと、フレッドはあまり興味なさげにてきぱきと自分の使った分の食器だけを片付けはじめている。
ウィリアムは静かにその様子を伺いながら楽しそうに笑っており、アルバートはそれよりもワインのボトルを空けるので今忙しいらしい。
二本目はロマネ・コンティかシャトー・マルゴーのどちらにするかで迷っている。
モランとしてはこの後、アルバートと日課の晩酌に付き合うつもりでいたのだが、今夜はそれもどうやら叶いそうにないみたいだ。
あんまりルイスを怒らせると食事抜きの罰にされかねないので、モランは渋々食器を片づけてキッチンへと消えていった。
すでにもう五日間も家事をフレッドに押しつけて、そろそろ屋敷内での立場が危うくなってきていることも一応は自覚しているらしい。