第5章 4
はい。
と言って傘を差し出してくるのでありがとうと言って、傘を受け取った。
誰かにみられる前に早く家に帰りたい。そう思っているはずなのに、今此処でこの男と別れたらもう二度と会えない気がした。
いや、別に会えなくても良い筈なのだ。こんなに怪しい人とは一刻も早く離れたいはずだ。
だけど…
だけど私の直感はもう少し一緒に居てたいと言う。
自分のことの筈なのに、自分では全く理解の出来ない状態になってしまった。
困ってしまう。
しかし、この状況を長引かせようにも傘を返してもらった私には為す術はない。
そうこう悩んでいると
「じゃあ さようなら」
そう言って住宅街の出口の方を向く。
「待って!!」
何も考えていないが、声を張る
「何?」
先程までとは違い少し低い声にビクッとする。
怖い。
今までに私が怖い感情を感じないで、話が出来ていたのは、私が慣れてきたとかそんな話じゃあ無かったんだ。
この人がわざと話しやすい空気を作っていたんだ。
「…あの、雨に濡れて寒くないですか?
家に来ませんか?」
つくづく、今日の自分は自分にも理解の出来ないことばかりをする。
男はこっちを見ている。
何も話さない。
家に戻ることにした。
あんなことを言ったが、人を殺したような人が行きますなんて言わないだろう。
来た道を戻る。
傘も戻ってきたことだしひと安心だ。
玄関の前につき、道を振り返る。
男がいた。
着いてきていた。
ビックリする。
だが、誘ったのはこっちなのだからどうしようもない。
きっとこの時の顔はひきつっていたに違いない。
「どうぞ。は、入ってください。」