第6章 お屋敷での生活
包帯を巻き終わると、傷の辺りに手を当てる。小さな声で呟く。
「早く治りますように」
「何してんだァ」
「手当てですよ。薬がなかった昔は、怪我したり痛みのあるところに手を当てていたそうですよ。手当ては手を当てるって書くでしょ。消毒はしましたが、早く治るようにって手当てしたんですよ」
「フンッ」
実弥さんは何も言わず顔を横に向けるが、手はそのままにしている。傷の辺りを包んでいた両手に少しだけ力を込め、もう一度気持ちを込める。
「早く治りますように…。はい、終わりましたよ」
「あァ」
「それと、私が無理言って消毒させてもらったので、私からの贈り物があるんです。ちょっと待っててくださいね」
「はァ?」
急いで部屋に戻り、置いていたおはぎを持ってくる。
「はい。おはぎです」
「ずっと思ってたが、何でおはぎなんだァ」
「えっ?おはぎは嫌いですか?私、おはぎ好きなんです。一番好きなのはあんこなんですけどね。実弥さんもずっと食べてくれてるので、勝手に好きなんだろうと思ってました。すみません…。お嫌いなら無理して食べなくて大丈夫ですよ。私が食べるんで!」
実弥さんがおはぎを好きなのを知っているなんて言えない。どんな反応をするのか、気になって、こんな言い方になってしまった。
「…誰も食べないとは言ってないッ!」
心なしか照れているようにも見える実弥さんは、また横を向く。
「ふふっ。実弥さんもおはぎ好きなら良かったです。実弥さんの好物、帰ってきたら教えて下さいね。それまではおはぎを買って、実弥さんが無事に帰ってきてくれるのを待ってますから。今度は一緒に食べましょうね。約束ですよ」
「…」
まだ、横を向いたままだ。そんな様子もかわいい。
「では、私は掃除をしてきます。実弥さん、時間はないかもしれませんが、ゆっくり食べてくださいね。あと、出発する時は、絶対声をかけてくださいね!」
「…分かった」
「良かった。じゃ、私は斉藤さんに怒られまくってきますね!」
畳から立ち上がり、襖に手をかけた時に声がかかる。
「ノブ、…ありがとなァ」
こちらを見ないまま、いつもより小さな声だった。でもとても嬉しい言葉だった。
「どういたしまして!」
背中を向けたままの実弥さんに満面の笑みで答え、襖をゆっくりと閉めた。