第6章 お屋敷での生活
気付けばもう夕方。斉藤さんが帰る時間になっていた。
「そろそろ時間だ。不死川様への挨拶は稽古中だからやめとくわ。よろしく言っといてくれ。くれぐれもそのまま言うなよ!」
「大丈夫ですよ。今日も一日ありがとうございました」
「おう!じゃあな。藤の花のお香、忘れるなよ」
「はーい!斉藤さんもお気をつけて~」
斉藤さんが帰ると、家の中は静まり返る。耳を澄ますと、バキバキと物が壊れる音と風の音が聞こえる。
実弥さんの稽古の音だろう。でも道場ではなさそうだ。音がする方へ行ってみると、中庭に実弥さんがいた。
敵に見立てた障害物は、原型を留めず散らばっている。どうやったらこんな状態になるのだろう。
残骸から目を離し実弥さんを見る。いつもと違い、稽古に取り組む真剣な姿に目が離せなくなる。目は実弥さんを見たまま、ゆっくりとその場に正座する。
動き出してしまうと、動きが速すぎて見失ってしまうのだ。
「伍の型 木枯らし颪」
「参の型 晴嵐風樹」
本の中で見たことはあるが、実際に見ると圧巻だった。同じ人間がしていることとは到底思えなかった。魔法といった方が納得できる。
でも現実に、実弥さんは型を繰り出している。
本当に呼吸を使い、こんな事ができるのだ。
様々な方向から風が吹き、私の横を通りすぎていく。
風を操る実弥さんは、風神にでもなったかのようだ。
最初は驚くばかりだった。でも、風が私の体を掠めるたび、ここに至るまでの実弥さんを思う。
ここに辿り着くまでにどれだけの苦労があったのだろう。
どれだけ自分を鍛え、どれだけ苦しさやきつさを乗り越えて来たのだろう。
そして…いくつ涙を流してきたのだろう。
鬼を倒すための鋭い風は、少し離れた私の体に当たる頃には優しいものとなっている。
自分でもよく分からない想いが溢れ、涙が零れる。
風はまだ吹き続ける。でも、その風は私の顔に触れるたび、優しく涙を拭いてくれているようだった。