第22章 兄と弟
風呂敷一つで事足りる自分の荷物。
部屋に残していく物もそう多くない。
現代での生活では考えられない位、少ない物達。でも、その最低限で、全然生活できていたのだ。
ぐるりと部屋を見渡して、今一度確認する。
それから風呂敷を背負って、胸の前でしっかりと結ぶ。
立ち上がってから、風車と花瓶を持つ。
もうここに戻って来れないと思うと、やっぱり涙が出そうだ。
その気持ちを振り払うかのように、部屋を出て、花瓶を元あった場所に戻す。
実弥さんは私の気配なんて分かっているだろう。だからこそ、急がなければ。
実弥さんの部屋の前に行き、そのまま腰を下ろす。
襖一枚隔てていても、実弥さんから発せられる威圧感は、私を今にも覆い尽くそうと襲ってくる。
「実弥さん、荷物の整理が終わりましたので、これで失礼させていただきます。あまね様から頂いた服と、こちらのお屋敷でお借りしていた物はお部屋に置かせて頂いています。実弥さん、お世話になりました。実弥さんがここに置いてくれたお陰で、私ここまで生きていくことができました。…本当にありがとうございました」
言いたいことだけを一気に言い切った。
実弥さんからの返事はない。
それだけ、実弥さんが怒っているということだろう。
見られているわけではないが、襖の奥にいる実弥さんに向かって、深く頭を下げる。今までの感謝の気持ちを込めて。あとは実弥さんの機嫌が早く直るようにと…。
このまま頭を下げ続けていたら…なんて事を一瞬頭を過ったけど。
体を起こし、襖を見据えて、最後の言葉を紡ぐ。
「失礼します」
軽く頭を下げてから立ち上がり、台所から外に出る。少し歩けば、お屋敷の敷地から出てしまう。
屋敷を出た時、そして敷地を出た時に、深く深く一礼をする。
「ありがとうございました。失礼します」
思いの外小さな声は、実弥さんには届くことなく、頬を優しく掠める風に消えてしまった。