第22章 兄と弟
「ただいま戻りました~」
いつも通り、台所の勝手口から入る。返事がないのもいつも通りだ。今日は道場から音が聞こえるから、そっちで稽古中のようだ。
「玄弥くん、ここでいい?あ、いや、やっぱりお座敷に案内しなきゃだよね。お客様なのに、ごめん」
「…いや、ここでいい」
「そう。ごめんね。じゃ、こっちに座って。どこでもいいから。実弥さんはまだ稽古中みたいだし、終わるまで待ってくれる?」
荷物を置いた机を指しながらそう言う。
「…あぁ」
「いつもだったら、稽古が終わるまでもう少しかかると思うから。ゆっくりしてて。私もお屋敷のこと、させてもらうから」
ん、と声が聞こえたような気がしたけど、もう玄弥くんに目を向けずに、自分の仕事を始める。
返事をしてくれたけど、すぐには動いてくれなかったからだ。私が机の近くにいるからだろう。
それにゆっくりと話している時間もなかったのだ。
頭の中で今からやることをあげながら、お茶を入れるための湯を沸かす。沸くまでの間に夕食の準備を進める。ご飯にお味噌汁。今日は帰りに新鮮な魚があったから、処理をしていく。
ちょこちょことやっていれば、シューシューと音を立てて、湯が沸いたと知らせてくれる。
「はい、どうぞ」
玄弥くんにお茶を出すと、先程の準備の続きに戻る。
煮魚にして、お味噌汁も作り上げる。
「玄弥くん、ちょっと洗濯物取ってくるね。そのままゆっくりしてて」
そう声をかけ、庭へと回る。
乾いている洗濯物を籠に入れると、台所に向かう。いつもであれば、自室で畳むけれども、玄弥くんがいるし洗濯物自体も少なめだったので、台所前の廊下で畳むことにする。ちょっと行儀は悪いかもしれないけど、効率重視だ。
籠を下ろして自分も腰を下ろせば、その音に気づいて玄弥くんが振り返る。
「ごめんね~。ほったらかしにして」
籠の中から隊服を取り出しながら、玄弥くんに向かってそう言えば、すぐに顔は反らされる。
「…いい。気にするな」
だけど、返事は返ってきた。相変わらずの塩対応に、顔がにやけてしまう。
玄弥くんの一貫した態度に安心を覚えるとともに、断じてSっ気があるわけではないんだ、と言い訳を考えてしまう。
そして、やっぱり炭治郎くんじゃないと、刀鍛冶の里での経験がないと、玄弥くんの心を溶かすことはできないんだろうなぁと実感する。