第22章 兄と弟
「実弥さんの手を煩わせてしまうので、本当に申し訳ないです。すみません!天元さんのお怪我も気にはなるのですが…天元さんのお嫁さん達や蝶屋敷の皆さんは、朝から大変でしょうから。労いと言えば何だか偉そうですけど。やっぱり疲れた時に甘味を食べると、少しは癒されますから。私が伺う事ができませんから、実弥さんを頼るしかないんです。本当にすみません。でも、もし良かったらお願いします!」
言い終わると同時に深々と頭も下げる。
これでダメだったら他を考えよう。
時間にすれば、数秒だろうか。どちらも口を開くことがなく、耳をすませばお互いの呼吸する音が聞こえるのではないかと思う程の、静かな時が流れる。
そんな中、大きな溜め息が静寂を破った。
「ハァッ……昼飯を食ったら出る。それまでに準備できてたら、持って行ってやる」
実弥さんの言葉に途中で顔をあげる。横を向き、頭をガシガシとしながら言う姿は、嫌だろうけど、私の意を汲んでくれた結果だ。
話が終わると同時に、先程より深く頭を下げる。声も嬉しさに伴って大きくなった。
「ありがとうございますッ!」
「煩い。俺はもう風呂に入って寝る。静かにしとけよォ」
そこまで大きな声ではなかったと思うのだが…
耳を塞いで立ち上がったかと思うと、眉間に皺を寄せて、でも私と視線を合わせる事なく、そのまま部屋に戻って行った。
後ろ姿が見えなくなり、ふと机の上を見れば、食べ終わった食器がそのまま残っていた。
「フッフフッ」
普段の実弥さんならあり得ない行動に、笑いが漏れ出る。
そんなに差し入れを持って行く事に、抵抗があったのかと思う。まぁ実弥さんのイメージとしては、鬼殺隊員へ差し入れを持っていく事はないだろう。疲れている所に頭を使わせてしまったし、実弥さんらしくない行動に、実弥さんなりに恥ずかしかったのかもしれない。
それなのに、私の我儘を受け入れてくれた。その事実は、私にとってとても嬉しい事だった。何だか少しだけ特別な気がした。
そんな事を考えてはいけないと思うのだけど。
そのまま置かれた食器は、少しだけ風柱の不死川実弥ではなく、素の不死川実弥のような気がして。
実弥さんには申し訳ないけど、私としては嬉しかった。