第21章 秋祭りを歩く
お腹も膨れて満足したところで、頭に簪をつけたままだった事を思い出す。蕎麦屋に着くまでは何だかフワフワとして、そこまで意識が回らなかったのだ。
大通りを進みながら、簪に手を伸ばす。
「あっ」
簪の飾りに髪が引っ掛かったようで、すぐに抜けない。
「何やってんだァ」
「簪を外そうとしたら引っ掛かってしまって…ちょっと止まってもいいですか?」
そう言い、脇道に少しだけ入る。
簪を左右前後に動かしてみるが、引っ掛かった部分はなかなか取れない。
「うーん。取れない」
仕方ない、一度外そう。髪は結び直せばいいし。そう考えていた所で、頭の上から声が降ってきた。
「何、しちゃもちゃしてるんだ。これ、外すんだろォ。ほら、手ェ」
簪を持っていた手を外される。
そのまま器用に引き抜き、簪を持った実弥さんの手が右肩の辺りから伸びてきた。
「取れたぞォ」
「ありがとうございます」
簪を受け取って鞄に入れたが、腕はそのまま延びたままだった。
「結ぶから、渡せェ」
「はい?」
「髪を結んでたやつだァ。リボンとか名前の。ほら、さっさと渡せェ」
「えぇっ?どうしたんですか、実弥さん」
想像してもなかった言葉に、驚いて、慌ててくるりと向きを変える。
「結んでやるって言ってるんだよォ」
「いやいや、もう帰るだけですし。私もつけたくてつけてた訳ではないですし…」
「せっかくの祭りだァ。つけとけ。その簪の代わりだ。さっさとしろォ」
「あ、はい」
何故か有無を言わせない迫力に、渋々鞄からリボンを取り出し手渡す。
背中を向けると、慣れた手つきで結んでいく。実弥さんの手が髪や頭、首に当たり、何だかすごくこそばゆいし、ちょっと恥ずかしい。
実弥さんに結んでもらっているという事実を認識してしまい、顔に熱が籠る。
「出来たぞォ」
時間にしては本当に短いと思う。でも、結ばれているという事を意識してからは、すごく長く感じた。
頭に手を伸ばして確認すると、きれいに結ばれているのが分かった。
「ありがとうございます」
くるりと振り向くと、さっきまで気にならなかった実弥さんとの距離に、心臓が跳ねる。一歩下がってからお礼を伝える。まだ顔は熱い。