第21章 秋祭りを歩く
「谷川の蕎麦屋にでも行くァ」
…さっきからその言葉が頭の中で何度もリピートしている。
冗談だとしても、冗談が過ぎる。
分かった上でからかってるんだろうけど、流石に驚いたし、今でもドキドキしている。
屋台の蕎麦屋を目指しているが、どこか地に足が着いてない感じで、ついていく。流石に実弥さんも私に歩調を合わせてくれているので、離れることはない。
横から見上げ、実弥さんを盗み見る。
普段通りだ。実弥さんにとって、あの程度の冗談は普通の事なのだろう。
あんな風にからかわれて、バカ正直に受け取ってしまった自分が、本当に恥ずかしい。
「お、蕎麦屋、見つけたぞォ。あそこでいいかァ?」
「はい!お腹空きましたね」
「お前は、色気より食い気だなァ」
「そりゃ、生きるために必要ですからね」
「違いねェ」
色気の部分に少しだけドキリとしたが、意地悪そうに笑う実弥さんを見れば、ただからかっているだけだと分かる。そんな軽口が叩けるような相手になったのだと思えば、それはそれで満足してしまう。
屋台に着くと何人か食べていたが、お客さんの回転は早いようで、すぐに入れた。
「かけ蕎麦二つ」
実弥さんが注文してくれる。いい匂いを思いっきり吸い込むと、お腹がぐーっとなる。
「はい、お待ち!」
流石に早い!熱々のかけ蕎麦はいい匂いがして、すごくシンプルだった。実弥さんもお腹が空いていたのか、すぐに食べ始めた。
それを見て、私も箸を取り食べ始める。
「美味しい~」
「ん、旨いな」
空っぽだったお腹に、お蕎麦の汁が染み渡っていくのが分かる。私も実弥さんも、食べ終わるまで一言も発することはなかった。
屋台の大将と他のお客さんの声がする中、二人ともズルズルとすする音だけを響かせる。
「ご馳走さん」
先に食べ終わったのは実弥さんだ。
だけど、私もそう時間を開けずに食べ終わった。
「ご馳走さまでした。おじさん、すごく美味しかったです」
屋台を出ると、またすぐにお客さんが入っていく。
「美味しかったですね、実弥さん。あと、ありがとうございます」
気づけば支払いも済ませてくれていた。
「んー、適当に入ったとは言え、当たりだったなァ」
ニヤリと笑いながら言う姿は、どこか悪ガキのような悪戯っ子のような雰囲気だ。