第21章 秋祭りを歩く
「今日のお祭りの思い出にしてよ、その髪飾り。仕入れた時からノブちゃんに似合うと思ってたから。ノブちゃんに貰って欲しいんだ」
実弥さんの殺気を物ともせず、営業スマイル全開でそう言う勇一郎さんは、私の言葉をちゃんと聞いてくれたのだろうか。
結局髪飾りの話になった。貰うことに躊躇するため、実弥さんの袖を引っ張り、尋ねる。
「いいんですかね?」
「…くれるって言ってるんだ。貰っとけばいいだろォ」
すごい眉間の皺!すっごく機嫌が悪い。ってか、殺気がさっきよりひどくなってない?
駄目って言って欲しかったけど…仕方ないかぁ。
「はい。では、遠慮なく頂きます。ありがとうございます」
経緯はどうあれ貰ってしまったのだから、会釈すると、顔を上げたタイミングで、勇一郎さんの腕が伸びてきた。
「直接渡せて良かったよ。つけてるところも見れたし」
勇一郎さんの手が触れそうになった瞬間、実弥さんに腕を引っ張られる。
「時間がねぇ。ノブ、置いて行くぞォ」
かなり苛ついている様子で、不機嫌さが半端ない。
「はい。じゃあ、勇一郎さん、失礼します。幸子さんにもよろしくお伝えくださいね」
そう言って再度会釈すれば、ニコニコとした勇一郎さんが目に入る。いや、この人もだいぶメンタル強いな。あの実弥さんに対して一つも動揺していない。流石、呉服屋の若旦那をしているだけあるな、と思う。
もう一度軽く頭を下げて、振り返れば、もう既に実弥さんの背中は小さくなりつつある。
「実弥さん、待ってください~!」
小走りで実弥さんの元へ急ぐが、実弥さんの足が速い事と人の多さでなかなか辿り着けない。
全く振り返ることすらしない。随分と苛ついていたし、機嫌は最悪だった。
何か怒らせるような事をしただろうか。
原因を考えてみるが、確かなものは思い浮かばない。自分の気持ちが重くなるに伴い、一歩が重くなっていく。
何とか追いつこうとする気持ちはあるが、人波にも揉まれなかなか進めず、足の重さも相まって走って追いかけることもできなくなった。
それでも何とか前に進むが、差は広がる一方で、とうとう実弥さんの背中は人の波に飲み込まれ、見失ってしまった。