第20章 秋祭りのお手伝い
【実弥さんside】
「実弥さん、ほら、ちょっとこっち来て下さい。そうそう。そして、少しだけ屈んで貰えます?」
「ハァッ?」
訳も分からず、だが、引っ張られるままに人混みを避けた場所に立ち止まる。ニコニコと笑いながら、未だに腕を引っ張られる。
理由も分からないまま少しだけ屈めば、ノブの右手が耳元に当たり、少しだけ肩を強ばらせる。
「華子さんに捨てられますよ、って言ったんですよ。華子さんには聞こえちゃダメだから、こそこそ話になっちゃうでしょ?」
思いの外、ゆっくりとした柔らかい囁きに、全ての意識がそこに集中する。
ふわりと甘い香りが鼻を擽る。一日中甘味屋にいたからか、それか持たされた袋から匂うかは、分からない。
俺はそのまま動けないでいた。
「こそこそ話しなきゃいけなかった意味、分かりました?それにしても、斉藤さんの顔、面白かったですよね~」
俺の事など構う事なく、言いたい事だけ言うと、ノブはすっと離れて、俺に話しかける。
すると、斉藤の顔を思い出したのか、またケラケラと笑っている。何と自分勝手なのだろう、こいつは。
時間としてはほんの一瞬だ。少しだけ名残惜しいと思ってしまったのは、何かの気の迷いだろう。
ノブの馬鹿みたいに笑う顔を見ると、蝕んでいた毒気が一気に抜けていく。
「あ、でも、その後顔面蒼白になってましたけど。実弥さん、何て言ったんですか?」
「隊をやめろォ」
毒気が抜けたせいか、答えてしまった。
「えー!それは斉藤さん、顔面蒼白にもなりますよね。でも突然どうしたんですか?」
「…」
気まずさから顔を反らし、口を閉じる。
「実弥さん!」
そんな俺の事などお見通しとでも言うかのように、反らした顔を覗き込まれる。
いくら待った所で、視線は反らされることない。
「…大将も斉藤のことを認めているようだし。斉藤にはそっちの方が合ってる。隠とはいえ、死ぬことだってあるんだ。隊以外に生活できる何かがあるんなら、そっちに行けばいい」
結局俺が折れた形になっちまった。いつもだァ。何故だか、ノブと話してると、こんな風になることが多い。
自分の気持ちを言わされるという、気恥ずかしさから、覗き込まれたノブの視線から逃れるように体ごと横を向く。