第19章 恋柱と蛇柱
「無理言っちゃダメよ、ノブちゃん。伊黒さん、嫌がってるみたいだし…」
最後の言葉になるにつれ、声が段々と小さくなっていく。
これじゃ蜜璃ちゃんが可哀想だ。
何とかしなければ。その気持ちから、蜜璃ちゃんに問いかける。
「蜜璃ちゃんは伊黒さんに結んで欲しくないの?伊黒さんからリボンを結ばれるのは嫌?」
「えっ?私は嫌じゃないわよ。でも、伊黒さんが嫌がってるみたいだから、無理言っちゃいけないでしょ」
蜜璃ちゃんはチラリと伊黒さんに目を向けたが、すぐに私の方を見る。相変わらず、眉は下がりっぱなしで、顔もいつもの笑顔はない。
ふうっと大きく息を吐き、伊黒さんの真正面に座る。膝と膝が触れあう程だ。向かい合って座るにはおかしい距離だが、そこはもう気にしない。
私に渡そうとしている伊黒さんの手を、両手で包み込む。もう一度伊黒さんの手にリボンを握らせるためだ。
「ですってよ、伊黒さん!蜜璃ちゃんは伊黒さんにも結んで欲しいんですって!ほら、結ぶだけですから。はい、よろしくお願いします」
しっかりと伊黒さんの目を捉え、一度ギュッと握って手を離す。そして、真正面から真横に移動する。
私の動き等に驚いているのか、それとも結ぶことがまだ恥ずかしくて葛藤しているのか。
「なっ。あっ。三井ッ!おいッ」
何だか新鮮な反応だ。自然と顔が緩む。
そのまま、伊黒さんの耳元で小声でこう囁いた。
「これで結ばなかったら、蜜璃ちゃんは伊黒さんから嫌われてるって思うでしょうね」
何も言わないってことは、何かしら思い当たるのだろう。そのまま、囁き続ける。
「ここが、男の見せ所ですよ。結んで、似合っているの一言でも言えば、蜜璃ちゃんはすごく喜びますよ。伊黒さん、蜜璃ちゃんの蕩けるような笑顔が見たいと思いませんか?」
伊黒さんから、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「さぁ、よろしくお願いします!」
そう言いながら、伊黒さんの後ろに回り、背中を軽く押す。
それがきっかけになったのか、ならなかったのか、分からないが、膝立ちで蜜璃ちゃんの前まで進んでいく。
距離も時間もほんの僅かだろうけど、伊黒さんの動きがスローモーションの様で、体感時間はかなり長かった。
やっと着いた時には、蜜璃ちゃんの顔は真っ赤になっていた。