第19章 恋柱と蛇柱
まずは紅葉の練り切りから食べる。
「んー、美味しい」
ほんのりとした甘さが口の中に広がり、疲れや考えていたことなんて、全て吹っ飛んでいってしまう。
また一口、頬張れば、じんわりと優しい甘さが口の中を支配する。ゆっくりと、そして何度もこの感覚を楽しむ。
お店だからこそ、こうやってゆっくりとこの時間を楽しめる気がする。
ゆっくりと味わったはずなのに、もう最後の一口だ。ゆっくりと口に入れ、練り切りの優しい甘さを楽しんでいると、ガラガラと音をたてて戸が開いた。
「こんにちは~」
お客さんだ。
「はーい。いらっしゃいませ」
華子さんが奥で返事をする。
お客さんはそれに反応することなく、一緒に来た相手と話しながらお店に入ってきた。
「ん~今日は何にしようかしら。伊黒さんは何にする?」
「俺はいい。甘露寺の食べたい物にすればいい」
ん?聞いたことがあると思ったら、蜜璃ちゃんと伊黒さんだ。蜜璃ちゃんはちょうど私の方に背を向けた状態で、伊黒さんと話しているから、私には全く気づいていない。
伊黒さんは私の方を見ている…いや、体がこちらを向いているだけで、蜜璃ちゃんしか見てないな。
伊黒さんにとって私はただの景色と同じなのだ。まぁ、私を知らないだろうから、見た所で反応することはない。
若干の淋しさを感じつつも、単行本で見ていた通りの二人の雰囲気に安心する。
声をかけてもいいが、二人とも楽しそうだし、このまま蜜璃ちゃんが気づくまで、二人を見守ることにした。
「甘露寺さま、いつもありがとうございます。今日は何になさいますか?」
華子さんが作業場から出てきて、すぐに接客を始める。
「今日は何にしようかしら。あら、紅葉。もう秋だもんね。じゃあ、この紅葉の練り切りを。十個は包んでもらえる?残りはこちらで。あとこれとこれを、十個ずつ。うーん。やっぱりおはぎも十個」
「紅葉の練り切り、十個はお持ち帰りですね。ではご準備できたら、お席までお持ち…すみません。相席でもよろしいでしょうか?」
「あら、お客さんいらしたのね。気づかなかったわ。どうしましょ」
「甘露寺がここで食べると決めたんだ。さっさとあけろ」
こりゃ、伊黒さんが怒り出して、華子さんが困ってしまうな。