第19章 恋柱と蛇柱
「はい、実弥さん。お荷物です」
「ありがとな。また帰る時には先に爽籟を飛ばす」
雰囲気は風柱そのものだが、言い方は普段と変わらない。この瞬間のアンバランスさを知るのは私だけ、という嬉しさや優越感にも似た感情が支配する。
「ありがとうございます。お帰りが分かると助かります。安心もできますし。では、お気をつけて。いってらっしゃいませ」
いつも通り笑顔で送り出す。不安はあるが、吐き出した分落ち着いている。
今は私のことよりも、実弥さんが怪我をせずに無事に帰って来てくれることの方が、自分の気持ちの大部分を占めている。
「あぁ、行ってくる」
しっかりと目線が合わせて、そう答える。そして、すぐに出発する。
いつもと変わらない。
でも、今の私の不安も気持ちも全て見透かされているような気がした。それを分かった上で、いつもと変わらないやり取りをしてくれているのだと思うと、やはり実弥さんの優しさを感じずにはいられない。
いつもより、少しだけ柔らかな表情に見えた。私がそう感じただけかもしれない。
でも、それだけで私の気持ちが安心できるのは、やっぱり実弥さんだからなのかもしれない。
そんな事を考えながら、しばらくは玄関を眺めていた。
「さあ、がんばろう」
さすがにこのまま座っているわけにもいかず、気合いを入れるために、軽く両頬を叩く。
二、三日もすれば戻ってくる。
戻る時には爽籟を飛ばしてくれる。
実弥さんは、強いから大丈夫だ。
私も、もう一人でも生活できる。
実弥さんが帰ってきて、呆れられないように、変わらずに過ごそう。そうすれば、あっという間だ。
立ち上がって動き出す。
いつもと変わらない。今の私の日常は、実弥さんのお屋敷で、実弥さんが快適に過ごせるように、お手伝いすること。
まずは台所を片付けて、さっさと洗濯物を終わらせてしまおう。
その後に掃除だ。今日は実弥さんがいないから、道場もやってしまおう。
そう考えたら、やることはたくさんだ。立ち止まってなんていられない。
「さぁ、がんばろう」
そう呟きながら、いつものように台所での作業に取りかかったのだった。