第16章 呉服屋さん
「ノブちゃんは…」
甘味屋までの短時間に何度この台詞を聞いただろうか。そして、記憶がないと何度言っただろうか。
どうも、勇一郎さんは私の事を好意を持ってくれているような気がする。
恋愛経験は少なくて、あまり気がつく方ではないが、何となく一部の人の好意は気がつくのだ。
そうでないことを祈りながら、のらりくらりと話を合わせる。こわな会話で楽しいのかと疑問に思うが、当の勇一郎さん本人はニコニコと笑顔で、一挙手一投足に大袈裟なほどの反応を示してくれる。
そんなこんなで、やっと甘味屋に到着した。
「ああ、もう着いてしまった」
残念な気持ちを全く隠すことなく、ガックリとした表情で項垂れる。
私としては、微妙な時間だっただけに、約束の甘味屋に到着して、解放されるという嬉しさが込み上げていた。
「こんにちわ~」
そう言いながら甘味屋の暖簾をくぐると、いつもと変わらない笑顔の華子さんが迎えてくれる。
「いらっしゃい、ノブちゃん。あら?珍しい組み合わせね。勇ちゃんじゃない?久しぶりね」
「華ちゃん、久しぶり!元気そうで何よりだよ」
どうも二人は知り合いのようだ。まぁ、ここに昔から住んでいれば、知ってるだろうし、もしかしたら同じくらいかもしれない。
「どうして、こんな組み合わせなのかしら?」
「うちの店から、俺がノブちゃんについてきたんだよ。仲良くなりたくてさ」
「あら、そうなの?ノブちゃん、災難ね」
華子さんの表情は明らかに私を哀れんでいる。
「はい」
正直に答えると、焦ったように勇一郎さんが弁明してきた。
「華ちゃん、それはない!ってか、ノブちゃんも同意しないで!もしかして、本当に嫌だった?そしたら、ごめんっ!」
「勇一郎さんの動きはおもしろいんで、嫌ではないですけど…流石に覚えていない記憶の事ばかり聞かれても…正直、困りましたね」
「ああ。それは気づかなかった。言ってくれれば…」
ガックリと肩を落として反省している姿を見ると、本当に気づいてなかったようだ。