第16章 呉服屋さん
「その同居人の方とは、恋仲という訳ではないんですよね?」
勇一郎さんはやや前のめりになり、少し強い口調で同意を求めてきた。
「えっ?恋仲!違いますよ!ただの居候です」
勘違いをされては困ると、手を目の前で振り、全力で否定する。
「勇一郎。昨日も何度も言ったでしょう。ノブちゃんはその居候先の方が好きなんだから、あなたは諦めなさい」
「いや、今違うと否定してたし。ね、ノブちゃん」
「えっ?ええ、何度も言ってますが、好きですけど、色恋の好きではないですから」
勇一郎さんの質問に答えたが、それより何だかあんまり好ましくないワードが出ていた気がするが…
「ほら、母さん。なんで母さんは俺の応援をしてくれないんだよ」
「ノブちゃんが好きだからよ」
二人で会話をすすめられ、私は蚊帳の外だ。話題は何故か私の事なのにだ。
何とも身の置き場のない感じが、落ち着かない。
「あの~」
話の腰を折るのは気が引けたが、二人の会話は私が帰った後にでもいつでもできるだろう。そう思い声をかける。
「ああ、ごめんなさいねぇ。勇一郎のことは気にしないでね」
「はい。では、私はこれで。幸子さん、ありがとうございました。勇一郎さんも。また伺いますね」
二人の話を聞いていれば、いつまで待っても帰れなさそうなので、早々に別れの挨拶を切り出し、幸子さんと勇一郎さんと、それぞれに会釈をして、店を出る。
自分の事が話題になるのは、あまり好きではない。
何だかどっと疲れが込み上げてきた。
何だか嫌な予感がする。まさかとは思うが、早々に立ち去って、これ以上関わらないに越したことはない。
取りあえず、華子さんの甘味屋さんに行く為に歩きだす。一息入れないと、頭が回らないし、疲れたままな気がする。
気持ちを切り替え、ゆっくりだった足取りを少し早くする。
「ノブちゃん!」
後ろから声がする。
せっかくこれ以上関わらないようにと早く出てきたのに…と思いながら後ろを振り返る。
笑顔の勇一郎さんがこちらへ走ってきていた。