第16章 呉服屋さん
「名前は覚えてたんですけどね。他の記憶というものはないんです。だから、どこから来たのか、自分がいくつなのか、分からないんですよ。だから、取りあえず見た目で、18、19歳位と、聞かれたら言ってますよ。もしかしたら勇一郎さんより年上だったりするかもしれませんけどね」
しんみりとならないように、そして安心させる意味もあり、笑顔で話す。最後はいたずらっぽく笑いながらだ。
私の事で気を病むことはないのだ。
「そうだったのねぇ。全然知らなかったわぁ」
強ばっていた表情が和らぎ、私も安心する。
「私も言ってませんでしたし。まぁ、敢えて言うことでもないですし。すみません、幸子さん。気を遣わせてしまいましたね」
「私は大丈夫よぉ。大変だったわね。ああ。だから、居候させてもらってるのね」
「はい。そうなんですよ」
「居候?」
今まで幸子さんと私の話を聞いていた勇一郎さんが、やや表情を固くして聞いてきた。
「はい。どこに住んでいたかも分かりませんから。今は助けて頂いた方のお屋敷に居候させて頂いてます」
「えっ?」
「それで、今回お礼で褌を作るのよねぇ」
含んだような言い方と表情の幸子さんは、まだ、私と実弥さんの間柄を色恋にしたいようだ。
「はい。今日はそれが目的でした。白木綿、入荷しました?」
こういったものには反応しない方がいい。目的を済ませる事に話を持っていく。
「ええ。取っておいたわよ。これで三つは作れるけど、どうする?」
「それで、大丈夫です。ありがとうございます」
そう言い、白木綿を受け取りながら、代金を支払う。
「ノブさんの居候先の人は男性なんですかっ?」
勇一郎さんが驚いた顔で尋ねてくる。蜜璃ちゃんの時もそうだったけど、居候先の人が男性だと、まずいのだろうか?
「ええ。でも、とても優しい方ですよ。良くして頂いてます」
「ノブちゃんは、その人のことが好きなんだもんねぇ」
「もう、幸子さん。実弥さんの事は好きですけど、幸子さんが考えてるような、色恋の好きではありませんからね」
「ふふ。どうかしらぁ」
「もう。まぁいいですけどね」
好きに想像してもらおう。もうこれ以上否定をしても、変わらないだろうから。少しだけ、呆れた表情をしながら答えておいた。