第16章 呉服屋さん
「驚くわよねぇ。こっちに来ることないんだから。
実は、昨日家でね、ノブちゃんが掛川に行ったって話をしてね。勇一郎はノブちゃんがこっちのお店の常連とは知らなくてね。驚いてたわ~。そしたら、今日ノブちゃんが来るって知って、ノブちゃんが来るのを待ってたのよ~」
何でそんな事をするのだろう。
私に営業しても、一銭にもならないのに…。
もしかして、蜜璃ちゃんの知り合いだから、いいお得意様になってくれると思われているのかもしれない。
誤解を解かなければ!私は全くお金はない。
「そうなんですね。でももう掛川の方に行くことはないでしょうし、そもそも蜜璃ちゃんみたいにお得意様になる程のお金も持ち合わせていませんから。懇意にして頂いたとしても、何の得になりませんし。せっかくのお時間をこんなことにお使いになっても、もったいないだけですよ」
勇一郎さんに影響されたのか、満面の笑みでそう答える。こっちも営業スマイル全開だ。
「お得意様になっていただくために来ている訳ではないんですよ。先日、ノブ様に出逢えたのも、何かのご縁ですから。このご縁を大切にしたいと思いまして」
端々にもう構わないで欲しいとメッセージを込めたのだが、全く気づいてないようだ。
「そうなんですね…。まぁ理由はどうであれ、取りあえず、様付けはやめて頂けませんか?私はそんな風に呼ばれるような者ではないですし。何だか落ち着きませんし」
「じゃあノブさんと呼んでもよろしいですか?」
相変わらず勇一郎さんは笑顔のままだ。
「はい。さんでもちゃんでも、どちらでも。それと多分勇一郎さんの方が年上なので、敬語もやめて頂いて構いませんよ」
「そう言えば、ノブちゃん、いくつなの?」
幸子さんが話に割り込んできた。
「私、いくつか分からないんですよ。記憶がないので…」
「えっ?記憶が?そうだったの…ごめんなさいね」
幸子さんの顔がみるみる強ばっていく。