第16章 呉服屋さん
「何でお前がそんなに楽しそうなんだァ」
「いつもと違うから楽しみですよ。夜はいつも一人でしたし。何作ろうかなぁ。実弥さん、何か食べたい物とかありますか?」
「…ないなァ。任せる」
結局聞いても、いつも返事はこんなだ。実弥さんは駄目なことは指摘はするけど、自分の要望を言うことはない。そんな所からも、結局自分の事は後回しなんだろうなぁと思う。
「分かりました。うーん、何がいいかなぁ。明日幸子さんの所に行くから、何か見てこよっと」
ブツブツと呟きながら考えていれば、ピシッと額に痛みが走る。
「痛ッ!」
どうも、実弥さんに軽くデコピンされたようだ。見上げて目が合えば、ニヤリと悪戯が完了して、してやったりの顔だ。
「お前は、ブツブツ言い過ぎだァ!」
「うー、もうこれは癖なので、仕方ないんです」
じんわりと痛みがある額を右手で摩りながら、少し投げやりに答える。
「隣町はいいんだなァ」
上からニヤニヤと見下ろしながら言われる。
「あッ!覚えててくれたんですね。嬉しいです」
「でも無理そうだなァ」
「あッ、いや、えっと、今からにしてください~。がんばりますから~。あっ」
手を合わせ懇願する体勢を取ろうとしたが、勢いがつき過ぎ、手に持っていたリボンを一つ落としてしまった。
「まぁ、期待はしてねぇがなァ」
そう言いながら、落としたリボンを拾い上げ、言葉を続ける。
「お前は白の方が似合うんじゃねぇかァ」
顔は少し背けているが、私にリボンを手渡しながら、そんな事をさらっと言う。
「……ありがとうございますッ!」
そんな事を言われるなんて思っていなくて、すぐには反応できなかった。部屋に戻って行く後ろ姿の実弥さんに何とかお礼だけは伝える。
何の反応もなかったが、聞こえてはいただろう。
突然爆弾を投下してくるのは、本当にやめて欲しい。
だけど、似合うと言われると、悪い気はしない。
「どうしよう、これ」
私が使うことはないと思っていたが、そんな事を言われると、迷いが生まれる。
「どうしよう」
実弥さんに似合うと言われた白のリボンを、じっと眺めていたが、すぐには結論が出ず、一旦保留することにしたのだった。