第16章 呉服屋さん
「ノブちゃんも買ってくれたことだし、発案して良かったわ」
幸子さんは先程の真剣な顔とは変わって、目を細めて笑いながら、そう言う。
「あれがあったから、お買い物できましたけどね。幸子さんのおかげです。だけど、後は、私はただ見てただけで。場違いすぎて、申し訳なかったです」
「大丈夫よぉ。場違いじゃないわ」
そうは言われても、今行ったとしても場違い感は全く拭えない。元々貧乏性なだけに、あんな高級店はどうしても慣れない。どうしたらいいのか、分からないのだ。
「でも、途中で、勇一郎さんに声をかけて頂いて。本当気を遣っていただいたんですけどね。もう、余計に申し訳なかったですよ」
声をかけられると、余計にどうしたらいいのか分からなくなる。
買い物も、食料品なら特に問題ないのだけど、洋服を買いに行った時は、何故か店員さんから声をかけられるのが、苦手だった。ご試着どうですか~とか、お似合いですよ~、が、苦手で、こそこそとしていた記憶が甦る。
勇一郎さんから声をかけられた時も、どうしたらいいのか分からなくなっていた。今思い出しても、恥ずかしさしかない。
「あらっ?勇一郎から声をかけられたの?」
幸子さんは少し驚いたようだ。
「はい。お仕事中なのに、私なんかに声をかけていただいて…。お金にもならないのに、それこそ申し訳なかったです」
「あら、そうなのね。あんまり積極的に接客するような子じゃなかったけど。ちゃんと商売してるのね、安心したわ」
「これで、幸子さんも将来安泰ですね」
「まだまだよぉ。あら、いやだ。生地を探しに来てたんだったわね」
そう言い、店の中の生地を見て、合いそうなものをいくつか選んでくれる。
その中から赤と白の無地の生地を二つ選び、支払いを済ませる。
あることを思い出し、ついでに尋ねる。
「あ~幸子さん。あと、褌を作ろうと思うんですけど、白木綿ってあります?」
「あら?誰に作ってあげるのかしら?」
幸子さんは相手が誰か興味津々のようだ。
色恋でも期待しているのだろうか。そんなことはないのに、とは思うが、自分も幸子さんの立場であれば、興味津々で聞いているだろう。
そんな自分の姿が想像できて、笑ってしまう。