第15章 岩柱
「あ~もう。これ以上は考えない」
自分の気持ちや考えが、一番よくないところへ行ってしまいそうになるのが分かり、声を出して考えることを中断させた。
「うん。私は私。捕らわれない、捕らわれない」
自分の実弥さんへの気持ちは、ここで考えるのは終わりだ。色々考えてしまったが、私と実弥さんは同居人だ。
実弥さんを想う気持ちはあっても、恋愛感情はない。
そう考えて、自分の気持ちに蓋をする。
「ふうっ。さあ、晩御飯の準備をしよう」
パァンっと、頬を軽く叩き、立ち上がる。
部屋の襖を開ければ、すぐに台所に目がいく。
今、私ができることは、実弥さんが気持ちよく、ゆっくりと過ごして貰うこと。
屋敷のことは、私がちゃんとやらなきゃ。
「今日は何にしようかなぁ」
呟きながら、台所に向かう。
「相変わらず独り言が多いなァ」
声がする方を振り向けば、昼食を食べ終わり、部屋から出てきた実弥さんと目が合う。
「すみません。これはどうも治せないようです」
実弥さんに近づき、実弥さんが手に持っていたお盆を受け取りながら、そう答える。
先程の事はなかったかのように、実弥さんはいつも通り少しだけ眉間に皺を寄せている。
「まぁ、いいんじゃないかァ」
「気にしないでくださいね。気になったら、今みたいに言ってくださいね。そういえば、実弥さん、夜食べたい物ってありますか?」
普通に話せてる。いつも通り笑えている。大丈夫だ。
「任せる。今食べたばかりだから、軽くだなァ」
「分かりました。卵焼きでも、作りましょうかね」
「あぁ」
卵焼きと聞いて、少しだけ笑顔になったのは、指摘しないでおこう。
こんな何気ない日常が壊れてしまうなら、私の気持ちは蓋をする方がいい。
実弥さんと一緒に住んで、実弥さんのお世話ができて、実弥さんと何気ない会話をして…
単行本では知り得なかった実弥さんを知る。
三次元の、本物の実弥さんを知る。
もうそれだけで十分だ。これ以上望むことはない。
この穏やかで幸せな日々が、ずっと続けばいい。どんな事が起こるのか分かっているからこそ、そう思う。
お皿を片付け、卵焼きを焼く。お米を仕込み、藤の花のお香の準備もする。
今日も変わらない、夜に向けての準備を進めていた。