第8章 恋柱
【実弥side】
「一緒に食べるのは久しぶりですね。椅子に座って食べるのもいいでしょ。お店みたいだし。台所がすぐだから、準備も片付けも楽なんですよ」
先程までの言い合いが嘘のように、ノブは笑いながら話し始める。話題はこの机と椅子だ。最初は何でいるのかと思ったが、確かに楽だ。
「…あぁ。それは間違いないなァ」
認めたくはないが、事実だ。仕方なく言えば、いつも通り、笑いながら答えてくる。
「実弥さん、ありがとうございます。いつもわがまま言ってごめんなさい。でも、またわがまま言っても、許してくださいね~」
「笑いながら言うことかァ、お前は…」
何かずれたところのあるノブの話と笑い顔に、いつも調子を狂わされる。
「ごめんなさい。でも、本当まだもう少しここで居候させて頂かないといけないと思うので…よろしくお願いしますね」
「……仕方ねェ。でも、これ以上厄介事はやめろォ」
「はぁい」
そうだ。さすがに厄介事ばかりはごめんだ。茶をすすりながらノブの顔を見ると、何も話してないのに笑ってやがる。何考えてんだ、と思いながら話しかければ、意外な言葉が返ってきた。
「どうしたァ?ニヤニヤしてるぞォ」
「誰かと食べるのは、やっぱりいいなぁと思って。たまにでいいので、また一緒に食べてくれますか」
一瞬悲しげな表情をしたが、いつもの笑顔にすぐ戻る。
こいつは時々こんな表情をする。
突然こんなところで生活することになったんだ。寂しさもあるだろう。
確かに、誰かと食べるのは、いい。たまにはなァ。そう考えて返事をした。
「……あぁ」
「良かった~。また食べれる時は声かけてくださいね。私はいつもここで食べてますから」
また、あの真っ直ぐな笑い顔が俺に向けられる。
誰かと食べてもいいと思うなんて、どうにかしてる。
いや、ただこいつの作る卵焼きが旨いからだ。
出来立てをここで食べるのは旨かった。それが理由だァ。
そう思いながら、答えた。
自分から出た声は、存外小さかった。ノブには聞こえなかったかもしれねぇ。