第8章 恋柱
「いつもより多めだァ」
振り向くと、顔は横を向けている実弥さんが目にはいる。
恥ずかしいのだろう。
少しは自分の気持ちを優先してもいいのに、と思う。
普段、実弥さんから怒られることはあっても、自分の要望を伝えられることは、ほぼない。
滅多にない要望に、私は嬉しくなる。
「了解しました~!」
あまり見ては怒られそうだ。返事をしながら台所に向かって歩き出す。
せっかくのリクエスト!お腹一杯になるくらい、作ってあげよう。
ここ二ヶ月実弥さんの屋敷で生活する中で、分かったことがいくつもある。
卵焼きもその一つ。実弥さんは甘い卵焼きが好きだ。
おはぎが好きなだけあって、甘党のようだ。
お酒も飲めるようだけど、この二ヶ月でも飲むのを見たのは一度だけだ。
ほとんど夜は鬼狩りに出てるから、普段飲むことはない。
「ありゃー!!大変、大変ッ!」
考えると手元がおろそかになる。
二つのことは同時進行できなかったよね、私…
少し焦げてしまった。これは実弥さんの口には入れられない。
「これは、私の分だなぁ…」
皿に載せながら呟く。
「相変わらず一人言が多いなァ」
振り向くと、呆れたような顔で見ている実弥さんがいた。
そのまま私の近くまで歩いてくると、皿に置いた焦げた卵焼きをつまんで食べた。
「あー!それ焦げてるから、私の分にしようと思ってたのに…」
「ん。うまい」
「もう、行儀悪いですよ。そこ、椅子があるでしょ。座ってください。すぐ準備しますから」
実弥さんは素直に椅子に座り、できていた卵焼きを食べ始める。
急いでご飯と味噌汁を準備する。
「ん。うまい」
時々聞こえる声に、嬉しくなる。