第3章 夢見事/魘夢/魘夢にベタ惚れ鬼夢主/微甘/※グロ
「あれ お腹が空いたの?」
「ううん。……血の香りがする、だけ」
声色は呆れたように、いつもの下がり眉をにわかに上げてそう訊いてくれる様が堪らなく嬉しかった。自らも香りを感じるよう、魘夢は少し顎先を上げ細やかな鼻をすんすんさせる。その仕草一つですら、一生の宝物になる。
「血の匂い、……ねぇ」
「微かに。遠く。稀血の香り。」
「凄いな。君は本当に鼻が効くね」
そう言って、表情のない瞳をくしゃりと細める顔つきが、本当に本当に大好きだ。そしてこの発言は嘘ではない。微かに遠くで確かに極上な香りがした。
空腹かと問われればそうである。ただ、それを満たしたいというよりは今この瞬間が大切だ。彼の側で、彼の為に、一体何が出来るのか、いついかなる時もは必死にそれを模索している。そんな自分も好きだった。
はその場を立ち上がると、列車の窓を全開にした。
外からはごうごうと風の音、そしてぶわりと濃厚に血の香りが濃くなってくる。
窓際に脚をかけた。彼の洋装に似せてまとった、真っ黒いワンピースの長いスカートがふわふわ宙を舞う。頭に乗せていたヘッドドレスはすぐに風に飛んでゆく。長い髪もそれを追うよう、視界を縦に邪魔してくる。
流れる髪をうなじから大きくかきあげ、汽車から飛び出そうと靴先に力を入れた。同時に、背中に結えたリボンを後ろから柔く引き寄せられた。
「どちらへ?お嬢さま」
立ち上がれば、上背は彼の方が上だ。片手は紳士的にも、の腰を支えてくれている。
見上げる角度で顔を上げた。強い風は彼の髪を容赦なく撫でているし、艶々した髪の一本までもが月明かりに照らされには輝いて見えて仕方なかった。またも燃え上がるのは先程の衝動、心臓が締め付けられるようで、苦しくて仕方ない。
は尖る爪先を、真っ直ぐその瞳に向けた。
本当に、綺麗で、透き通る。
気高くて、残酷で、壊してしまいたくすらなる。
そこにはっきり焼き付けられる「下壱」の文字は彼があのお方の物であるという絶対的証である。そう、これは決して悟られてはいけない「禁忌なる恋心」だ。
ほんのりとだけ、顔を寄せた。
触れはせずに小声で小さく、愛を囁くように。鼻先が微かに、なびく魘夢の髪に触れると指先にじんと痺れが走る。
「貴方に……贈り物をしたいの」