第3章 夢見事/魘夢/魘夢にベタ惚れ鬼夢主/微甘/※グロ
「……血の香りがする」
規則音を立てる巨大列車の一等級座席の中で、は思った事をただ単純に呟いた。
時は真夜中であるし、汽車の走行音以外は不気味なほど静かだ。他の客は皆とっぷり深い眠りに落ちていた。
まず、こちらは鬼である、故に人間とは反対だ。
夜になるとすっきり頭が冴えてくる。
加えて空っぽになった腹が深く暗い空洞みたいに冷たくて、「食事」が欲しくなる頃合いだ。
しかし、この空腹感がは結構好きだった。
神経が研ぎ澄まされ見えない物まで見えてくるような、脳が真に欲求するものが感覚でわかるような。まるで身体全体が性感帯になったみたいだ。
はほんのり首を捻る。
広い座席の向かいに座る者に、細めた優しい目を向けた。彼は微動だにしないままだ。裾の長い黒い服は綺麗に闇に溶け、顔を隠すよう必要以上に下げた角度で被られた黒い帽子は、彼の表情はおろか輪郭までも全て隠し切っている。
彼も同じく、鬼である。
故に、眠ってなどいない。
それは重々わかった上で、男の隣に移動した。甘えるように身を寄せて帽子のつばにそっと指先を伸ばした。
ゆっくりそれを持ち上げれば覗くのは艶やかな肌、まるで人間の赤子みたいに白く透明で美しかった。触れたらば、どんな感触がするのか、匂いは、味は、何よりも彼の表情は。
目を逸らせぬ視界の中で、勝手に想像しているだけで身体の奥がじりじり熱くなる思いだ。燃え滾る衝動、恍惚とした心の憂い、彼の存在そのものに堪らなく煽られ、この焦燥を踏みにじられている気になる。
頬を飾る鮮やかな模様を視線でゆっくり上へ辿った。暗闇の中でも怪しく薄青色に光る瞳には十二鬼月の「下弦の壱」の文字が刻まれている。
黒い文字は彼の立場を律する為のものであるのに、瞳の色をより際立たせるただの供物にすら見えた。万物の中で、最も優美な宝石なんじゃないかと本気で思えてくる、それを下からじいと覗き込むだけで、息が苦しくなる。
「……あの、」
下から帽子を取り払った。
彼の頬にかかる髪がさらりと落ちて、ほんのりの額にも触れた。また、喉の奥が熱くなる。思い切り音を立てて、湧き出す生唾を飲み込んだ所でようやく魘夢がくるりと瞳を動かしてくれた。