第2章 予行/魘夢/手駒人間夢主/日常/※微グロ
「ねんねんころりこんころり
息も忘れてこんころり
鬼が来ようとこんころり…………」
あの人が歌うように口ずさむこの言葉は、何故なのかひどく懐かしい。うつろう睡魔の中で優しく背中を撫でられているような心地よさがある。
“眠りたいのに、眠れなくて。死にたいくらい眠りたくて、眠って眠って、全てを忘れてしまいたいのに。”
歯を食いしばり頭皮が切れるくらい掻きむしり幾度も幾度も願ったからか、あの人が現れた時には神様が願いを叶えてくれたのかと思ったほどだ。
あの人は、いや、あの生き物は“人間ではない”のだろう。直感でそれは伝わった。
しかしそれもどうでも良かった。苦しみから救ってくれるのならば相手が悪魔だろうが罪人だろうが関係なかった。
あの人の要求は単純だ。簡単な言いつけを守りこなすだけで、眠らせてくれるどころか幸せな夢まで見せてくれるだなんて それこそ夢の中みたいな話だと思った。
あの人が目の前に差し出してくるのは、錐みたいなものだ。
先端から持ち手に至るまで奇妙なくらい真っ白で、軽くて乾いていて。床に正座をしたまま、それを両手で受け取りあの人の命令を聞いた。
これを持ち、鬼狩りの夢に入り込み無意識領域へ足を運ぶ。そこに存在すると言う“精神の核”なるものを白い錐で破壊すれば良いとのこと。たったそれだけならやはり簡単だ。
「精神の核は色も大きさも人それぞれ。見つけさえ出来ればとっても脆いものだから、それなら確実に簡単に壊せる」
頭上からそう声が落ちる。あの人は床に膝を落としてくる、そして穏やかに微笑んでいる。
「練習してごらん」
「え」
「ここに。」
真っ直ぐ指差す先は、己の左の眼球だ。
こんなにも間近であの人の瞳を見たのは初めてだった。文字が焼き付けられている目は一度もまばたきする事をしない。とろりと柔らかそうに潤んでいるが焦点はよくわからないし、光って見える綺麗な色は明らかに人間の物ではない。
震えそうになる手で、錐の持ち手を握る。
呼吸が荒くなるし心臓はばくばく煩くなってくる。それもそうだろう、生まれてこの方 人に凶器を突き立てる経験なんてある訳もなかったのだから。