第1章 傷跡/時透無一郎/薬師夢主/日常
「っ」
その手は触れる事を許されなかった。こちらは気付きもしない速度と間の元に、時透に手首を掴まれていた。
「お、お目覚めに?!」
つい大きな声を出してしまった。時透はそれには答えず、微かに眉根を寄せていた。
「ここは、…」
「藤の館です。診療室の…っ」
何より薬草の香りが鼻につく館だ。ここがどこだかすぐに理解に及んだようだ。時透は素早く身体を起こす、虚いだ瞳を一度だけまたたきし、鋭い顔を向けてきた。
「僕の刀は?」
「い、いけません!もう少し様子を見て…っ」
止めようと時透の身体を押さえにかかるが、それはあっさり払い退けられてしまう。
「刀。はやく」
「傷が、それに出血も…」
彼らが常中している呼吸のせいか、先程の痛み止めの効き目は予想以上のようで時透の動きは軽やかだった。たじろぐの横から他の者が彼に刀を渡してしまう。
「戻らなきゃ」
「でも!まだ…あと少しお休みにな
「柱である僕がこうしている間に、他の隊員が何人も死んでる」
「……っ」
がいくら牽制した所で、きっと言うだけ無駄だろう。
鬼殺隊員、もとい位の高い剣士ほど必要以上に重い責任を背負っている。圧倒的な覚悟の違いを見せつけられては、言葉を失うよりなかった。
時透は何度か肩で息をした後、隊服の片袖をずいと捲り上げこちらに腕を出してくる。
「痛み止め?もう一本ちょーだい、念のため」
「でも…えっと」
「あるの?ないの?」
時透の大きな瞳が、思い切りいびつに歪んだ。
この場で彼を足止める一分一秒の時間すら、には与えられていないらしい。
震えそうになる手で先程の薬をひったくり、親指で圧迫を加えながら血管にそれを押し込んだ。
「どーも」
乱暴に抜いた針先には赤い血が伝っている。傷口から溢れる薬をひと舐めしながら、小柄な背中はこの診療室を去って行こうとする。
強薬の副作用もわからないのに。失血も酷く安静にしなければならないのに。頭の中には不安要素ばかりが浮かんでしまう。
でも、この場で彼が求めるのはそれではないのは確実だった。
「時透様!」
何か、何か伝えなければと咄嗟に声を張る。
「ご武運を、…」
返答もなければあっという間に姿もなかった。
願わくば、また貴方様の看病が出来ますように。祈るだけだった。
終