Fleeting promise【魔法使いの約束】
第1章 壊れかけの世界
その時、白い煙が漂ってきたかと思うと、人を酔わせるような不思議な香りがそこらに漂う。
気がつくと窓辺に腰掛けた紳士的な青年がパイプを加えてこちらを見ていた。
「シャイロック!」
「いけない人。カインと二人で無茶をして……」
シャイロックと呼ばれた青年はヒースクリフの肩越しに私たちへと微笑みかける。
「初めまして、賢者様。私は西の魔法使い、シャイロック」
彼は再びパイプをくわえると、兵士たちに向かってパイプの煙を吐き出す。
先程の不思議な香りが漂うと、兵士たちの間に瞳がとろんとしたものに変わり、まるで酔っ払ったかのようにふらふらとし始めた。その表情はとても満足そうで、そのまま彼らは床に倒れてしまう。
「いい夢を」
私の腕を掴んでいた兵士もあっという間に床へ倒れ、私は驚きと恐怖でその場へとへたり込んでしまう。
夢でもドッキリでもないとはっきり分かるほど、緊迫した空気や彼らの必死な表情に、私はこの状況を怖いと感じてしまっていた。何より不可思議な状況に巻き込まれていることに、頭が追いつかず、冷静な判断がしづらいことにも問題がある。
「茜、大丈夫?」
兄が私の前にかがみ込んで手を握ってくれるが、その手が酷く震えているのが分かる。
「シャイロック!助かった!」
カインが駆け寄ってきてシャイロックと何かを話している。だがその話の内容すら聞き取れないほど、私の頭の中は混乱状態だ。
私たちは一体何に巻き込まれているのか、一体ここはどこなのか、彼らは一体私たちに何を求めているのか。分からないことだらけのこの状況に、冷静になれと言われても無理がある。
それでも必死に心を落ち着けようと兄の手を握り返してぎゅっと目を瞑る。
「賢者様、行きましょう」
目を開くとカインが私たちへと手を差し伸べている。しかし兄はその手を取ろうとはせず、視線をさ迷わせていた。本当にこの人たちについて行って良いのか、迷いが生じているのだろう。