Fleeting promise【魔法使いの約束】
第2章 運命を持たぬ者
「茜さん?どうかしましたか?」
「う、ううん、大丈夫……大、丈夫……あれ?」
さあっと血の気が引いたが、続けてポロポロと溢れ出てきた涙に心底安堵したのだと分かった。多少の被害はあったものの、こうして皆が生きている。
元の世界では味わったことのない命のやり取りに、恐怖はあるものの、今はこうして生きていられることが、ひどく安心するのだ。
「みっともなく泣くのはおやめなさい」
シャイロックの妙に冷たい声にビクリと肩が震えて涙が止まった。恐る恐る顔をあげたが、声色に反してとても優しい表情の彼と目が合う。
「……なんて、今の今まであなた方に心配をかけていた私にそんなことを言う権利などありませんが、あなたが泣くと賢者様が不安そうな顔をしてしまいます。賢者様だけではありません。私たち魔法使いも、とても心配してしまいます。ですが……」
「!」
ふいに抱き寄せられて私はシャイロックの腕の中に収まった。不思議な香りに包まれて、私の心臓が跳ね上がる。
「今なら存分に泣いても構いませんよ。私が誰にも見られないようにして差し上げますから」
きっと、兄や他の人たちが泣いている私を見て心配しないようにと気を遣ってくれたのだろう。シャイロックは私の頭を抱えて、誰からも表情が見えないようにしてくれた。
鼻の奥がツンと冷たくなり、じわりじわりと涙が込み上げてくる。
「賢者様にも、あなたにも、苦労や怖い思いをさせてばかりで申し訳なく思っています。ですが今の私たちにはあなた方が必要なんです。ですから、どうかこの世界を嫌いにならないでください」
こんな状況下でなんてことを頼んでくるのだろう。普通ならそう思っていたかもしれない。けれど魔法使いたちのこと、人間たちのこと、厄災のこと、賢者のこと、知ってしまったこの世界のことを考えると、嫌いになんてなれるわけもない。
けれどそんなことを考える余裕が今の私にはなかった。安心しきって緩んだ涙腺はそう簡単には戻ってくれない。
シャイロックに抱きしめられながら私は声を押し殺して涙を流したのだった。