Fleeting promise【魔法使いの約束】
第2章 運命を持たぬ者
これから何が起こるのか私は心の底でドキドキしながら胸の前で指を組んだ。
「あの、ひとつだけ先に聞いてもいいですか?」
儀式を行う兄は少し不安そうな表情で尋ねる。
「痛かったり、怖かったりしますか……?」
「私たちには、痛そうだったり、怖そうだったりは見えませんでしたけど」
「前の賢者様は泣いてたかな?」
ムルの言葉に兄は怯えたように後退りをした。私は預かっていた賢者の書を抱えて彼の元へ駆け寄る。
「お兄ちゃん、これ」
「あ、ありがとう。あの……賢者の書を読んでからでもいいですか?前情報を入れてから挑んでも……」
「もちろんだ。召喚の儀式について書いてあるといいが」
兄は私から賢者の書を受け取り、慌ててページをめくっていく。
「あ、これじゃない?」
「本当だ!あった!」
私が示したところに"新しい魔法使いの召喚方法"という項目が記されている。どんな時に魔法使いを召喚するかということが頭に書かれていたが、兄にとって肝心なのはその方法だ。
文字を目で追っていくと、"詳しい召喚のやり方"という文字を見つける。
「えっと……"ゴブレットにマナ石を投入して、湧き出てきた黒い水を飲み干して空に翳す"。ゴブレットってあれのこと?」
すぐ側には少し変わった形をしたワイングラスのようなものが用意されている。その横にはこれまた不思議な色に輝く石が置かれている。きっとあれがマナ石というものなのだろう。
「"黒い水は"……"血みたいな匂いがして、花の密と生魚と、ハーブとチーズを、最悪の方法でミックスした味がする"……」
「……お、お兄ちゃん……」
文字だけでもその黒い水とやらが相当不味いものであることは一目瞭然だ。そんなものを今から飲まなければならないのだ。
チラリと兄の表情を窺うと、彼は案の定真っ青になっていた。
「茜……代わって……」
「私は賢者じゃないから無理だよ……それに私も飲みたくない……」
「うぅ……」
項垂れる兄に私はただ"頑張って"と声をかけることしか出来ないのであった。