Fleeting promise【魔法使いの約束】
第2章 運命を持たぬ者
私はこちらの世界に来た時に持っていたバッグを探して部屋の中を見渡したが、それはすぐに見つかった。ベッドの脇のテーブルに丁寧に置かれていたからだ。
その中からいつも持ち歩いているブラシを取り出して、ボサボサになった髪を梳かす。するとそれを眺めていたヒースクリフが声をかけてきた。
「あの、俺が梳かしましょうか?後ろの方とか大変そうなので」
「えっと……じゃあお願いします」
互いにぎこちない会話だが、彼の厚意に甘えて私は椅子へと腰かけた。ブラシを受け取ったヒースクリフはとても優しい手つきで私の髪を梳いてくれる。
だが沈黙が続いて私はいたたまれなくなり、何か話題をと思考をめぐらす。そしてふと、ファウストのことを思い出して口にした。
「あの、ファウストさんが助かって良かったですね」
「あ……そうですね……賢者様のおかげで、大切な人を失わずにすみました。本当に、感謝しています」
「ヒースクリフさんは、ファウストさんのことを先生と呼んでいましたけど、彼は魔法の先生とか、ですか?」
「東の魔法使いの中ではそのような立ち位置ですね。賢者の魔法使いに選ばれてから、俺はあの人に色んなことを教えてもらいました。ファウスト先生はとても素晴らしい方です」
「……彼のことを尊敬しているんですね」
背後で顔は見えないが、ヒースクリフが微かに嬉しそうに笑うのが分かった。
「いつか俺も、ファウスト先生のように強くなりたいと思ってます。あいつに守られてばかりじゃない、俺があいつを守ることだって……」
「……あいつ?」
キョトンとした私の言葉に、ヒースクリフは"幼馴染のことです"と答えた。
「俺は東の国の地方貴族、ブランシェット家の生まれで、小間使いとして働いていた幼なじみがいるんです。そしてあいつと俺はとある事情から、約束をしてしました。"互いを守る"と。だけど魔法使いは約束を破ると魔力を失います。だからその約束を守るために、あいつはーーーシノは従者として、俺のことを守ろうとするんです」