Fleeting promise【魔法使いの約束】
第2章 運命を持たぬ者
食堂に戻るすがら、カインに撫で回されてぐしゃぐしゃになった髪を梳かすために、私は一度部屋へと戻ってきた。
私に与えられた部屋は2階の端部屋。昨日も今朝もバタバタしていたのであまり気にしていなかったが、よく見るとどこか夜空をイメージしたような内装をしている。
壁にかけられた絵画は大きな月と夜空で、まるで〈大いなる厄災〉がやってきた時のような雰囲気だと、同行してくれたヒースクリフは言った。恐ろしいものでもあるけれど、とても美しい月だったと。
(〈大いなる厄災〉が次に来るのは1年後。私たちがそれを見ることはないかもしれない。でもどうしてだろう……)
元の世界へ帰るつもりの私たちは、〈大いなる厄災〉が来る前にこの世界から居なくなるかもしれない。それが本望であって、来たばかりのこの世界に望むものなんてない。
だから〈大いなる厄災〉に興味を持つ必要も無いはずだったのだが。
(……恐ろしくて美しい、月を見てみたい)
そう、思ってしまったのだ。どうしてそんなことを気にしてしまうのか、私自身もよく分からなかったけれど、ただ描かれた月を眺めていると、そんな気持ちが湧いてきてしまうのだ。
(まるで月を愛したムルみたい)
〈大いなる厄災〉に恋をして魂が砕けた変わり者のムル。
そういえばと、私はポケットの中の欠片を取り出した。これをムルに返すか否か、私は既に決めていた。
(この世界のことを教えて欲しい。だから……)
この欠片は私が預かる、そう決めたのだ。欠片のムルには好きにして良いと言われているし、これがあればまた欠片のムルに会えるかもしれない。そうすればもっと話が出来るかもしれない。
実体のムルには少し申し訳ないが、元の世界に帰るまでの間だけでいいからと。