Fleeting promise【魔法使いの約束】
第1章 壊れかけの世界
夜空に浮かぶ小さな星たちの中に、たったひとつだけ紫色をした石の欠片のようなものが浮かんでいた。
場違いな石はくるくると回りながら私の目の前までやってくると、ふわりと人の姿へと形を変える。
『やあ』
「あなたは……エレベーターで会ったムル?」
『いいえ、残念ながら。私は砕けた魂の内のひとつであるムル・ハート。あなたたち兄妹をこちら側の世界に呼んだムルとは別です』
エレベーターで出会ったあの紳士的なムルにそっくりな別のムルが、私の前で満足そうな笑みを見せる。兄を乗せて空を飛んでいたあのムルとは明らかに違うが、その声や姿はまったく同じであることに、私の謎は深まるばかりだ。
「ここは私の夢の中?それともあなたが私に見せている幻覚?」
『どちらも正解であり、不正解。ここはあなたの夢の中でもあり、そこに私が干渉してみせている幻のようなものでもあるのですから』
「……それじゃあ、あなたは何故私の夢に干渉してきたんですか?」
『それは、私があなたに興味を持ったから。賢者とともにこちら側の世界へやってきたあなたが、この先どのような運命に巻き込まれていくのか、それを是非見届けたいと思ったからですよ』
「あくまであなたは傍観者という立場なんですね」
『今の私には実体がないのです。私は〈大いなる厄災〉に恋焦がれた結果、魂がバラバラになってしまったのでね。だから"私"としては傍観者がちょうどいいというわけです』
「勝手な人……」
思わず口からそんな言葉が漏れ、私ははっとして口元を抑えた。けれどムルは満足そうな笑みを浮かべたまま、私の手を取りその甲にそっと口づけた。そんなことをされたのは初めてで、本当なら恥ずかしいはずだったのに、その時は無意識のまま平然としていられた。
きっと私は目の前のムルに不信感しか抱いていなかったからなのだろう。口から出る言葉に真実と嘘を紛れ込ませているのは彼自身であり、私の心の声さえも言葉にしてしまうのだから、当然と言えば当然だ。
『いつかあなたがこの世界の真実に気づけることを期待していますよ』
そんな言葉を残してムルの姿は消えた。代わりにパープルサファイアの欠片が私の足元に転がっている。
それを拾い上げたところで、どこからか私を呼ぶ声が聞こえてきた―――。