第1章 第一章 消えた天才作詞家
❁❁❁ 音晴side ❁❁❁
怒りを露わにする詩音ちゃんに僕は失念していた。
彼女が義理堅いことを。
そして誰よりも愛情深いことを。
「音晴ちゃん、やり過ぎよ」
「うちのホステスをあまり苛めないでいただきたいのですが」
あの後、他のテーブルにヘルプに入った詩音ちゃんはあくまでホステスとして接していた。
プロとして笑顔を張り付けて。
「あの子の気持ちを少しは考えてちょうだい」
「申し訳ない…」
「社長」
僕はそんなつもりはなかったんだけど。
本気で脅迫するつもりはなかった。
「音晴ちゃんがあの子を心配してくれたのは解っているわ。でも、あの子は一途なの…あっちこっちフラフラできる子じゃないの」
「ある意味、融通が利きませんがね?」
「それがあの子の良い所じゃない。芸能界を去ったのだって…きっとどうしようもない事情があったはずよ」
その事情は緑ちゃんも知らないようだ。
僕もそれとなく調べてみたが、何も解らず、噂だけが流れているだけだった。
「音晴ちゃん、これ以上うちのホステスを苛めるなら出入り禁止よ。後、仕事の依頼も無しよ」
「ちょっ…」
「それはお互いに困るでしょ?」
新しいプロジェクトに緑ちゃんに協力してもらう予定だからそれは困る。
「緑さん…詩音はどうして頑ななんでしょうか」
万理君は泣きそうな表情だった。
無理もないかもしれない。
そこまで嫌悪感と拒否をしめされたのなら。
彼は優しいから。
詩音ちゃんを傷つけてしまったことを後悔しているんだろう。
「私は詳しい事情は解らないけど…あの子は音楽を人を尊敬し愛しているわ。だからこそね」
「音楽を人を尊敬…」
「誰よりも情愛の深い子。同時に悲しい子。自分の為に生きることができない。誰かの為にしか生きれないの…」
万理君は困惑していたが、何処か納得したような表情だった。
僕も解らなくはない。
彼女はずっと傷つき続けていた。
「俺は嫌われてしまったのでしょうか」
「万里君」
僕は万理君にも酷いことをしてしまったのかもしれない。
「あら?何を言っているの?」
「え?」
「詩音ちゃんは貴方のことが大好きなのよ」
落ち込む万理君に緑茶が笑いながら告げた。