第1章 第一章 消えた天才作詞家
私は忘れていた。
この男は見た目優し気で仏のような表情をしながらも、中身は悪魔だだった。
「脅しですか」
「商談だよ」
何が商談なものか。
私に百害あって一利なしだわ。
「どうあっても私を脅す気ですか。私もう芸能界にⅯ咽喉りたくないのに、人権を無視し脅すんですね」
「詩音!社長は…」
「もううんざりなんですよ」
私はもうプロデューサーはしない。
音楽は趣味の範囲にしておいくつもりだし表舞台に出る気は無い。
「君は音楽が好きだろ」
「好きだから辞めたんです。私の音楽を汚されたくないんです」
私にとって音楽は命であり生きがい。
そして自由でいられる場所だった。
ありのままに受け入れてくれる大切な存在だった。
「何より、岡崎芸能事務所を裏切れと?そんなことをするぐらいなら、今すぐ公の場に立って公開処刑を受けた方がいいわ」
ホステスとして失格かもしれない。
でも、私にも譲れないものがあるのだから。
「もし、バラすというなら…私は今すぐ万理のアパートを出ます。なんでしたら日本を出て地の果てまで逃げてやります」
「詩音ちゃん」
「私は事務所を裏切ることも、タレントを裏切ることもしない。これは私のポリシーです」
岡崎芸能事務所には大恩がある。
そして千と百は私が育てたタレント。
彼等だけじゃない、幾つものタレントをプロデュースして来た。
「事務所にとってタレントは子供です。子供を裏切れと?この私をあまり見くびらないでください」
プロデュース中のあの子達。
彼女のプロデュースを最期までできないまま去った私が他のアイドルのプロデュースをしろ?
冗談じゃない。
「二人に連絡したいならどうぞ。私は絶対に脅しに屈しない」
私は岡崎芸能事務所を裏切らない。
「詩音…」
「貴方が音晴さんを慕う様に私も岡崎社長を慕っているし、死んでもあの人を裏切るなんてありえない」
凛太郎を裏切るなんてできない。
優しいあの人に何も告げず書置きだけして逃げた私にはそんな資格はないけど。
でも、他の芸能事務所に行くなんてあまりにも節操がなさすぎるわ。