第3章 東京都立呪術高等専門学校
ぴくっと葵の眉が動く。
明らかにバカにされた。侮辱された。
初対面の男に。
ゆるりと怒りが首をもたげる。
しかしそれをあらわにするほど葵も幼稚ではなかった。
ぐっと怒りを飲み込み、頭の中で数を数える。
「悟。八つ当たりするならほかを当たれ」
「八つ当たり? そんな心の狭いこと俺がするはずないない」
佐伯にはこの男、五条悟の行動パターンが大方予想できていた。
さっきまでお昼休憩だった。
そのときに同期の夏油傑と些細なことで喧嘩をし、今日は珍しく言い負かされた。その腹いせになにも知らない一年生に絡みに来た。
そんなとこだろう。
「……あぁ、五条悟さん。でしたか」
八つ数を数えた葵は声を出した。
口元を歪めていた五条は葵を見下ろす。
五条よりも少し暗い青い瞳は奇妙なほどに落ち着いていた。
「冷泉葵です。すぐに気づけず申し訳ありません。これからよろしくお願いします」
「…………」
淡々と挨拶を述べる葵に五条は気持ち悪そうに一歩下がる。
灰原は目の前の男が先輩であり、呪術界の要と呼ばれる五条家の息子、五条悟であることを理解した。
大慌てで葵と同じように名前を名乗って頭を下げた。
「どうやら先輩より後輩のほうが大人だったようだな」
「五条!! もうすぐ授業はじまるぞ〜! 夏油も許してやるって!」
「今出てくんな硝子!! つーか傑! 許してやるってなんだ許してやるって!!」
同級生だろうか。
校舎の窓から身を乗り出しているボブヘアーの女性が見えた。
ははは、と笑う声も聞こえた気がする。
五条は噛みつくように返事をすると、舌打ちをして、葵たちに背を向けた。そそくさと歩いていく背中に葵は息を吸った。
「五条先輩」
先輩への尊敬が崩れる音を聞きながら葵は足を止めた五条に言葉を続ける。
「あたしはまだしも、雄にも同じようなことを言ったら……」
「後輩が先輩脅すってか?」
「えぇ」
慌てる灰原の横で葵は頷いた。