第3章 三夜目.トライアングラー
「はぁぁ〜〜…。なんか、料理する気力をごっそり持ってかれちまったな」
長い長い溜息と、誰に聞かせるでもない愚痴。それから、さらに声を潜めて情けない言葉を続ける。
「オレだって…なれるもんなら、なりてえよ。八乙女楽みたいな奴に」
そこまで言ってしまってから、大袈裟に顔を上向ける。こんなふうに腐っていても無意味だ。ぐじぐじ悩んだって、誰かがオレの顔を大人びた雰囲気に作り変えてくれるわけでも、身長を伸ばしてくれるわけでもないのだから。
気持ちを切り替えて、さっさと寮に帰ろう。今頃、腹を空かした欠食児童達がメェメェ鳴いているに違いない。
まだ食材も買っていないし、今日の夕飯は何か出来合いの物で済ませてしまおう。
そう決めたとき、都合良くも “とある店” が目に入った。そこにあることは知っていたが利用したことは一度もない、おにぎり屋だった。吸い込まれるようにして、オレはその暖簾を潜る。
ケース内にお行儀良く、ずらりと並ぶおにぎり達。そのガラスケース兼カウンターの奥からは、若い女性の元気な声が聞こえてくる。いらっしゃいませ!という挨拶に、オレはこんにちはと言葉を返した。
カウンターの奥は、厨房になっているのだと思う。米を炊く微かに甘い匂いが、ふんわりと店内に満ちていた。
店員の女性は、もしかすると中でおにぎりを握っていたのかもしれないな。そんなことをぼんやりと考えつつも、オレは彼女よりもショーケースに並ぶおにぎりに夢中であった。
どれも、芸術的とまで言っても良いぐらいに整った三角形。白米の粒々がキラキラと光って見てとれて、美味しいが約束されている。
まだ食べてもいないのに、今までこの店をスルーしていたことを悔やんだ。それほどまでに見事な商品ばかり……と、いうわけでもなかった。
ショーケースの一番下段の隅に、俵型のおにぎりが大量に並んでいる。よく見ると形もバラバラで、まるで不器用な子供が握ったみたいなそれに、オレは釘付けになった。