第2章 二夜目.ファンには夢を、君には愛を
—9小節目—
オレンジの太陽
一昨日のことだった。エリが、三月に声を掛けられたのは。
人懐こい笑顔で、突然すみませんとこちらを驚かせないように最大限配慮した声掛けだった。
腰が低くて、あぁこの人は良い人なんだなぁというオーラが滲み出ている。だからこそ、怖くなった。大和のことで話があると切り出された時は。
その翌日、やって来たのはカフェテラス。彼女は覚悟していた。三月から、大和と別れてくださいと切り出されると思っていたから。それは、仕方のないことだと理解もしている。アイドルに恋人がいるなんて、スキャンダルの種にしかならない。メンバーである三月が、それを回避したいと思うのは当然のことだ。
しかし実際に蓋を開けてみると、付き合いを咎められることは一切なかった。大和との出会いや馴れ初めを、ひとしきり楽しそうに聞いた三月。最後には逆に、うちのリーダーをよろしくお願いしますと頭さえ下げられてしまった。
勿論、嬉しかった。しかし、すぐに “はい!” と返事をすることが、エリは出来なかった。エリはよろしくしたくても、大和の方はそうじゃないかもしれない。彼女には自信がなかったのだ。これからこの先も、ずっと大和と歩いていけるのかどうか。大和に自分が選んでもらえるのかどうか。
三月はきっと、人の感情の機微に敏感なタイプなのだろう。エリの様子がほんの少し陰ったのを見逃さなかった。もし何か悩んでいるなら、相談に乗ると切り出してくれたのだった。
迷いはしたが、エリは打ち明ける。いつからから、大和が好きだと言ってくれなくなったと。もしかすると、自分に対する彼の愛情が薄れてしまったかもしれない。エリがそう言うと、三月は自信溢れる笑顔で断言した。
“ いや、それはない。絶対ない!だったあの人、中崎ちゃんにベタ惚れだもん。本人は上手く隠してるつもりかもしんないけどさ、バレバレ! ”
まるで太陽のように、温かい笑顔であった。