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十六夜の月【アイナナ短編集】

第2章 二夜目.ファンには夢を、君には愛を




「まだ、寝ないよな」


食後しばらくして、ホットカーペットの上でうつらうつらしていたエリ。大和はいつの間にか、そんな彼女の隣に来ていた。


「何の為に酒の量、セーブしたと思ってんの。ねぇ、俺の相手して?」


何の問題もなく、仲睦まじく見える二人。しかし、エリの心には少しずつ澱(おり)が溜まりつつあった。

最初は、気のせいかと思った。ただ、照れくさいからかと思った。しかしどうやら大和は、意識的に言わないようにしているらしい。

“好き” も “愛してる” も。


「…っ、エリ。まだ、落ちないで」

『〜〜〜っ、あ 』

「なぁ。エリは、俺のこと、好き?」

『ん…ぅ、す、き』

「もういっかい」

『大、和…っ、はっ…好き』


相手には、何回だって言わせるくせに。
可愛いとか、心配だとか、そういう言葉は山ほどくれるくせに。
こんなふうに、愛情深く触れるくせに。


付き合った当初は、大和も人並みに口にしていた。だが次第にその数は減り、最近ではとんと聞かなくなったのだ。

エリは、何度も何度も問いかけようとした。どうして言ってくれなくなったのかと。自分のことがもう好きではなくなったのかと。しかし、怖くて聞けないでいた。
もしも大和に、恋人ではなくセフレが良いと言われたら?面倒くさい女だと思われて、さよならを告げられたら?

そう思うと、エリはとても疑問を口に出来なかった。


『……えっ、…うわ。もうこんな時間だ。大和、大和起きて?』

「んーーー…あと、五時間…」

『寝ぼけてないで。ほら、さすがに朝帰りはまずいでしょう?』

「あー…、まぁそうだよな…」


大和は、じゃあ帰るかと大きく伸びをした。ふらふらと玄関に向かう彼に付いて行き、見送る。そんなエリの頭に大和は手を載せて、いつもこう告げるのだ。


「じゃあ、またな」


“また” という言葉をもらう度、エリの心はふっと軽くなるのだった。

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