第2章 二夜目.ファンには夢を、君には愛を
—2小節目—
猫
アイドルの二階堂大和と付き合っていることを、エリは誰にも話していない。それはきっと、大和も同じだろう。おそらくメンバーにも打ち明けていないに違いない。彼女はそう推測していた。
べつに、恋人が出来たことを言いふらして欲しいとは思わない。でも、全く不安にならないと言えばそれは嘘だった。
エリは重い買い物袋を両手に持って、マンションの階段をあがる。三階までしかないこの賃貸に、エレベーターは付いていなかった。
忙しい身の上の為、彼女が自炊をすることはあまりない。しかし、今日はべつ。それは何故か。エリの勘が、言っていたから。今日は、大和が来るような気がすると。
階段を上り切ると、自室の扉の前でヤンキー座りをする男がいた。帽子にマスクにサングラスという最強に怪しい風貌であるが、エリは微塵も驚きはしない。その男が誰か分かりきっていたからだ。
『出来れば来る前に、メッセージのひとつでも飛ばして欲しい』
「それはお断りだな。だって、エリの驚いた顔が見たいんだもん」
『見れた?』
「……次回に期待って感じ」
『ふふ』
エリの両手を占領していた買い物袋を、大和は取り上げた。空いた手で鞄の内ポケットに入れているキーケースを取り出して、玄関扉の鍵を開けた。
2人で扉を潜って、部屋に入る。
『どれくらい待った?』
「そんなにですよ?」
いくら演技派の大和でも、真っ赤になった指先の色は誤魔化せない。こんな寒い季節に、いつ帰るかも分からない人間をよく待てるなと、エリは思う。
しかし絶対に、合鍵を渡そうか?などとは口にしないと決めていた。彼女がそれを決めたのは、約一年前。大和との付き合いが始まってほどなくしてからだ。
その時、エリは大和に合鍵を渡そうとした。しかし彼は、やんわりとそれを拒否したのだった。
もしかすると、その時のことをまだ根に持っているのかもしれない。合鍵を必要ないと言うのなら、勝手に待ちたいだけ待て。約束も取り付けないのなら、そっちが来たい時にふらりと来たら良い。
『……気まぐれな男』
エリは1人、洗面台で手を洗いながら呟いた。