第2章 二夜目.ファンには夢を、君には愛を
—1小節目—
prologue
「だから!早く台詞覚えたくて台本読んでたら、思ってたよりも時間が経っちゃってたんだ!……ちょっとだけ。さっきから何度もそう言ってるだろ!」
「深夜2時を “ちょっと” と捉えるその感覚を疑いますね。それに、撮影日まではまだ当分時間があるんですからそこまで焦る必要なんてないでしょう。大体あなたは日頃から」
「はいはいストーップ。 “ちょっと” ヒートアップし過ぎですよ、お二人さん」
局の廊下。俺は前を行く一織と陸のいざこざを鎮めようと声を上げた。言い争いは止まったものの、二人はまだ相手に対して睨みを利かせている。
実に厄介だ。この場に三月が居てくれれば、簡単に事を収めてくれるだろうに。
「どうしても続きがしたいっていうなら、楽屋でどうぞ」
俺は二人の間をすり抜け、さらに廊下の奥へと歩みを進める。すると、向かいから顔馴染みのADが歩いて来た。
「あぁ、どうも」
『こんにちは』
俺達は歩行スピードを一切変える事なく、軽い会釈だけしてすれ違った。
「あっ、今の人見たことある!」
「当然でしょう。何度も収録現場でお世話になっていますよ」
「分かってる!だから今そう言っただろ!」
「は?全く言っていませんでしたが?」
「お前らー?いい加減にしないと、膝上でカットした短パンを着て撮影に臨んでもらうぞ?」
「「すみませんでした」」
そう。この二人を含め、きっと誰も知らない。
俺と “彼女 ” が、密かに付き合ってること。