第1章 一夜目.5時限目の空
エリは、一織の胸の中で目を閉じ想像してみる。
仮に自分が、プロのダンサーになれたとしよう。努力研鑽を重ね、初めて立つステージ。そこは、今のここよりも果たして幸せな場所であろうか。
かじかんでいた指先はいつしか淡い熱を持ち、吐く息は白いはずなのに桃色にさえ見える。震え出してもおかしくない身体は、ぎゅっと包まれていて温かい。
エリには、この場所よりも幸せな所があるだなんて想像も出来なかった。
幸せだ。なんて小さく呟けば、一織は “もっと幸せになる方法がある” と言った。そして顎先に指がかかり、優しく上を向けられる。柔らかな唇が触れ合って、しっとりと温もりを分け合った。彼の言った通り、胸にはより甘い心地がじんわりと広がる。
『ふふ、いけないんだ。こんなところでキスなんかして』
「あなたの言う通りですね。それとも、うっかり私と週刊誌に載ってみます?」
『またまた。そんなこと言って、ちゃんと周りに人がいないか確認してたくせに』
「さて、どうでしょうか」
エリが上目遣いで見ると、一織はほんの少しだけ口角を上げた。その顔からは平静しか読み取れず、すっかりいつもの彼である。
『むぅ。余裕な顔しちゃって…』
「ですが、冷静沈着で余裕ある私が好きでしょう?」
『あはは。またそれ?私のことが好きでしょ?って確認ばっかりして、恥ずかしくない?』
「必死なんです。あなたから、その二文字を引き出したくて」
『なにそれ可愛い…』
「エリさんからその二文字を貰えれば、私はいつだって幸せになれるんです」
素直にそうねだる一織に、エリはこそばゆそうにはにかむ。それから、つま先を立て彼の耳元で、その幸せになれる言葉とやらを囁いた。それだけで、本当に世界で一番の幸せ者だとばかりに一織は微笑んでみせるのだった。